南アルプスの野生生物たち
標高2,600mまでの亜高山帯を覆い尽くす原生林には、白い木肌のシラビソや樹皮に割れ目が多いトウヒが生育しています。
山の雪が溶けるころには、小鳥たちの動きも活発になり、カヤクグリは麓の森からハイマツ地帯へ戻り、ホシガラスがハイマツ地帯の岩場に集めた木の実を並べます。オオルリやキセキレイ、ウグイス、センダイムシクイ、代表的な高山の夏鳥のメボソムシクイもやって来ます。センダイムシクイの鳴き声は、人間の言葉にする聞きなしでは、「焼酎一杯ぐぃー」といっているように聞こえます。標高2,800m付近の尾根道は氷河期の生き残りといわれるライチョウの生息地です。
ツキノワグマやホンドジカ、ニホンカモシカ、ニホンザルなども多く見られます。聖岳の中腹に「ベト場」という場所があります。岩が磨り減って丸みを帯びた岩場に深さ80cmの穴があいています。獣道(けものみち)が全て「ベト場」に向かっていて、夜になると獣たちがやってきて土をなめます。土にはコバルトやカルシウムが含まれていて、獣たちは本能的にそれを知っていてなめにやってきます。
氷河期の贈り物キタダケソウ
北岳、仙丈ヶ岳、荒川岳などには高山植物のお花畑が広がり、南アルプス特産種のタカネマンテマ、タカネビランジ、シラネヒゴタイ、北岳特産種のキタダケキンポウゲ、キタダケトリカブト、キタダケソウなどたくさんの高山植物が咲き競います。
中でもキタダケソウは、南アルプスのシンボルといわれ、世界中で北岳にしか咲かない固有種です。花の時期は短くて、6月中旬から7月にかけてわずか10日間ほど白い清楚な花を咲かせます。
北岳は夏でも風速20m以上、気温0度以下になることも珍しくありません。しかも、一年の3分の2が雪に覆われています。そうした北岳の厳しい環境に長い年月をかけて適応してきた植物が、キタダケソウなのです。
キタダケソウは、氷河時代の遺存植物です。今から1万年前の氷河期に平地で生育していた植物は、氷河期が終わり暖かくなってくると、絶滅したり北に押し戻されたりして、次第に姿を消していき、わずかに高山に生き残りました。もし、このまま地球の温暖化が進めば、キタダケソウは行き場をなくして絶滅してしまうでしょう。自然環境は地球規模で保護していかなければならないのです。
今、全国どこの山でも高山植物の盗掘と踏みつけが大きな問題となっています。高山植物のいい写真を撮ろうと、撮影ポジションを求めて登山道を外れて植物を踏み荒らしたり、自分で育ててみようと植物を持ち帰ってしまったりする自分勝手な行動が、結果的には高山植物にとっては、絶滅の危機に瀕する大きな悪影響を及ぼします。
高山植物は、高山でしか生きることができない植物です。平地に植えたとすると、環境に適合せず、やがて枯れてしまいます。高山植物の可憐な姿は厳しい環境に耐えて生まれたものなのです。
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