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わが街の環境マイスター
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故郷の廃村に新たなにぎわいを
松浦成夫さん
NPO法人 時ノ寿の森クラブ 理事長

炭焼きが生業だった山間の村。人が絶えて久しく、山は荒れた。いま、その再生に挑むのは、かつての村の最後の住人だ。


時代に負け山を降りる
 

静岡県掛川市の倉真(くらみ)には、「時ノ寿(ときのす)」という字(あざ)を持つ地域がある。高度経済成長期までは炭焼きや茶の生産で生計を立てる人々が暮らしていたが、木炭の需要が減ったことから町へ勤めに出るようになり、一軒また一軒と家が消えていった。松浦家は成夫さんが20歳のころに最後の一軒となり、厳しい環境の中なんとか耐えていたが、時代の波には抗えず松浦さんが22歳のとき、ついに麓の街へ降りた。1975年のことだった。

「小学校へは5km、中学は8kmも徒歩や自転車で通わなくてはならないような場所でしたが、村での暮らしは大好きでした。毎日沢へ入ったり、果物を獲って食べたり。父母が残るというのであれば、ここで結婚して頑張ろうと思っていたのですが……」

街で暮らすことになった松浦さんは役所に就職。2年後に結婚した。

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時ノ寿最後の住人だった松浦さん。活動を始めてから、早20年が経つ

 

転機が訪れたのはそれから20年後のことである。妻・悦子さんが「米と茶ぐらいは、無農薬のものを作って暮らしたい」と言い始めたのだ。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』を読んで、人間の活動が環境に負荷をかけていることを知り、胸を痛めての発言だった。とはいえ無農薬栽培は簡単ではない。松浦さんの腰は重かった。しかし悦子さんの意思は固く、その後も願望を伝え続けた。そしてついに、松浦さんの気持ちが動いた。やるなら本気でやろう。悦子さんを伴い、松浦さんは父母が所有していた山の斜面で茶の栽培を始めた。

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かつて村で飼われていたヤギも復活した。愛すべき仲間だ
 

松浦さんは役所勤めを続けながら休日を利用して山に入り、作物を手入れし、炭焼きをして木炭や竹炭、竹酢液を作った。楽ではないが、充実した暮らしだった。そのころ、時ノ寿を訪れた人があった。元朝日新聞社の論説委員で『天声人語』を13年間も書き続けた辰濃(たつの)和男さんである。辰濃さんは退職後、自然豊かな場所で執筆活動をしたいと、全国のさまざまな地域を視察して回っていた。そしてついに見つけたお気に入りの場所が時ノ寿だったのだ。辰濃さんは時ノ寿のことを「月の明かりで影が見えるよう。風の色が見える感覚で、生命を感じる」と評したそうだ。実際、雪はほとんど降らず温暖な気候のこの地域は執筆にぴったりだったのだろう。

辰濃さんは松浦さんの活動を知ると、それを雑誌で紹介した。すると全国から反響があり、木炭や竹炭を分けてほしいという依頼が殺到した。発送作業は夜中までかかり大変な騒ぎとなったが、松浦さんは励まされる思いだった。


 

「自然と共存する暮らしを支えたいと考えている人は、じつは全国にたくさんいたんです」

しかし、松浦さんは気づいていた。夫婦二人だけの「炭焼きルネッサンスの会」の活動では、山の環境を変えることはできない。作業をしている手を止めて見上げると、そこには子供のころに見た景色とは違う、鬱蒼とした森があった。豊かだった沢の水はすっかり少なくなり、当時のような川遊びはできなくなっていた。

 

 

「森が太古の原生林に戻るには数百年単位の時間がかかります。だから、一度人が作った森は人と共に生きていく運命にある。人が放置してしまえば森はただ荒れてしまうだけで、いま生きている人が森林の恩恵を受けることはできないんです」

新陳代謝のなくなった山をもう一度復活させるため、松浦さんは仲間を募り団体を作った。それが後にNPO法人となる「時ノ寿の森クラブ」である。このとき集まったメンバーは19名。本格的な森林保護への活動が始まった。

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時ノ寿の森クラブが運営する「森の駅」。コワーキングスペースとして利用することができる。Wi-Fiの利用も可。辰濃和男さん寄贈の本(左)を自由に読むこともできる

土地の権利者探しに奔走
 

山を復活させるには、次世代の木が育つよう、密集した木を間伐しなければならない。もちろん、伐採には土地の権利者の許可が必要だ。

「この許可取りが最大の難関でした。時ノ寿のあたりは細切れの土地をバラバラの個人が保有していたので、それぞれの権利者を探し出し許諾を得なければならなかったんです。掛川市近辺にお住まいの方には直接会いに行き、東京や大阪などの遠方にいる方には電話や手紙でお願いをしました」

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左=「森のようちえん」で生きものの動きを観察する子供たち。右=親子で里山を体験する宿泊プログラムの様子
 

苦労はしたが、無事に許諾は得られた。これはやはり、松浦さんが元村民であったことが大きいだろう。  大きな仕事に挑み始めたころ、運もついてきた。団体が発足した2006年、ちょうど静岡県森の力再生事業という、森林保護のための助成制度がスタートし、団体は公的な援助を得られることになったのだ。こうして運動は少しずつ拡大し、団体が手入れした山の面積は440haにもなった。

現在、団体の会員は200名に上る。メンバーは専門家の力を借りながら、伐採した木で橋を作ったり、ゲストハウスを作ったりとさらに山に人が親しみやすい環境を整えている。月に数回「森のようちえん」を実施したり、イベントを開催したりといった取り組みにも積極的だ。

 

「山を保全するためには、人が山を使い続けなければなりません。そのためには都心の人を受け入れて、第二のふるさととして考えてもらえるような仕組みが必要だと思うんです。これからは時ノ寿がたくさんの人の癒やしの場になることを願っています」

一度は人が離れてしまった時ノ寿だが、いまは新しい村として生まれ変わりつつある。

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間伐した木や解体した古民家から譲り受けた木材を使って建てられたゲストハウス。誰でも有料で利用できる
CONTENTS
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コンテンツ
・きれいなだけではない、豊かな海に 志田 崇さん NPO法人 あおもりみなとクラブ 理事
・地域が育てる自然を愛する心 吉元美穂さん NPO法人 登別自然活動支援組織 モモンガくらぶ 事務局長
・中高生たちが体で覚える森の大切さ 宮村連理さん NPO法人 「緑のダム北相模」副理事長
・人の関わりが未来の豊かな湿地環境を育む 上山剛司さん 庄内自然博物園構想推進協議会鶴岡市自然学習交流館ほとりあ
・エコツーリズムで館山を元気に 竹内聖一さん NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団 理事長
・竹林を舞台に地域の輪をつなぐ 豊田菜々子さん NPO法人 環境保全教育研究所 代表理事
・震災10年 子供たちの声が響く海を取り戻す 伊藤栄明さん 松島湾アマモ場再生会議 副会長
・都市のみどりを次世代へ 村田千尋さん 特定NPO法人 みどり環境ネットワーク! 事務局長
・釣り人の聖地・琵琶湖でごみを拾う 木村建太さん プロアングラー、淡海を守る釣り人の会 代表
・土木工学が出発点。海辺の環境保全に挑む「ハゼ博士」 古川恵太さん NPO法人 海辺つくり研究会 理事長
・故郷の廃村に新たなにぎわいを 松浦成夫さん NPO法人 時ノ寿の森クラブ 理事長
・荒れ果てた藪を、ホタルが舞い飛ぶ森に 伊藤 三男さん 学校法人田中学園 学校法人緑丘学園 監事
・美ら海への思いを大地に植える 西原 隆さん NPO法人 おきなわグリーンネットワーク 理事長
・都市の貴重な干潟を守るボランティアの力 橋爪 慶介さん DEXTE-K代表
・浜辺のごみ拾いを20年で大きな運動に 鈴木 吉春さん 環境ボランティアサークル 亀の子隊代表
・「美味しい」を手がかりに大阪湾を再生 岩井 克己さん NPO法人 大阪湾沿岸域環境創造研究センター 専務理事
・環境保全活動を通して、成長する若者たち 草野 竹史さん NPO法人 ezorock 代表理事
・主体性のある人間を自然の中で育てたい 山本 由加さん 認定NPO法人 しずおか環境教育研究会(エコエデュ) 副理事長兼事務局長
・付加価値の高い木材で山を元気に 藤﨑 昇さん NPO法人 もりずむ 代表理事長
・自然を大切にする人を育てる幼児教育 内田 幸一さん 信州型自然保育認定園「野あそび保育みっけ」 園長
・企業経営で培った組織のマネジメント 秋山 孝二さん 認定NPO法人 北海道市民環境ネットワーク 理事長
・移住者の視点で森の町の課題に挑む 麻生 翼さん NPO法人 森の生活 代表理事
・生ごみの堆肥化で循環社会を創る たいら由以子さん NPO法人 循環生活研究所 理事長
・「地球の消費者」から「地球の生産者」へ 加藤大吾さん NPO法人 都留環境フォーラム 代表理事
・干潟に子供たちの歓声を取り戻す 足利由紀子さん NPO法人 水辺に遊ぶ会 理事長
・日本型の環境教育を求めて 新田章伸さん NPO法人 里山倶楽部 副代表理事
・カメラに託した「水」への熱き思い 豊田直之さん 写真家
・「月に一度は山仕事!」のすすめ 山本 博さん NPO法人 日本森林ボランティア協会 事務局長
・奥能登の昔ながらの暮らしを“再発見” 萩野由紀さん まるやま組主宰
・北海道から広げる自然教育ネットワーク 髙木晴光さん NPO法人 ねおす 理事長
・「森のようちえん」は毎日が冒険 原淳一さん NPO法人 アキハロハスアクション 理事長
・東北に国産材のサイクルを築く 大場隆博さん NPO法人 日本の森バイオマスネットワーク 副理事長
・魚食復活をめざし、本日も全力疾走 上田勝彦さん 魚食復興集団 Re-Fish 代表
・「竹害」との戦いにかけた第二の人生 松原幸孝さん NPO法人 かいろう基山 事務局
・ニッポンバラタナゴの楽園を守る 加納義彦さん NPO法人 ニッポンバラタナゴ高安研究会 代表理事
・雁の里から発信「ふゆみずたんぼ」 岩渕成紀さん NPO法人 田んぼ 理事長
・「夢」は最高のエネルギー 杉浦嘉雄さん 日本文理大学 教授
・宮沢賢治に導かれて山村へ 吉成信夫さん NPO法人 岩手子ども環境研究所 理事長
・「海のゆりかご」再生にかける 工藤孝浩さん 神奈川県水産技術センター 主任研究員
・お金に換えられない価値を知る 澁澤寿一さん NPO法人「樹木・環境ネットワーク協会」理事長
・自然界に学ぶ最先端の技術 仲津英治さん 「地球に謙虚に運動」代表
・豊かな森を人づくりに活かす 萩原喜之さん NPO法人「地域の未来・支援センター」理事長
・自然が先生──生きる力を育てる 広瀬敏通さん NPO法人「日本エコツーリズムセンター」代表理事
・ホタルに託した鎮魂の思い 冨工妙子さん ながさきホタルの会・伊良林小学校ホタルの会 会長
・人とトキのかけはしになる 高野毅さん 生椿(はえつばき)の自然を守る会 会長
・民間の力で都立公園の緑を守る 佐藤留美さん NPO法人 NPO birth 事務局長
・花の湿原を守る肝っ玉かあさん 三膳時子さん 認定NPO法人 霧多布湿原トラスト 理事長
・干潟を拠点に人と自然をつなぐ 立山芳輝さん NPO法人 くすの木自然館 理事長
・子どもたちの冒険に寄り添う 佐々木豊志さん NPO法人 くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所 理事長
・北海道にシマフクロウを呼び戻す 菅野正巳さん NPO法人 シマフクロウ・エイド
・ふるさと新城をもう一度桜の名所に 松井章泰さん 「100万本の桜」プロジェクト発起人
・1960年代の武蔵野の自然を取り戻す 佐藤方博さん NPO法人 生態工房
・緑ふたたび──三宅島に苗木と元気を! 宗村秀夫さん NPO法人 「園芸アグリセンター」 理事長
・冬の山中湖を彩るキャンドル 渡辺長敬さん NPO法人 富士山自然学校 代表
・年に10万匹のホタルを育てる 坂井弘司さん 旭川市西神楽ホタルの会 事務局長
・築230年の古民家に生きる 時松和宏さん 大分県九重町 農家民宿「おわて」 主人

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