人が入れなかった放置竹林を、自然体験のフィールドとして活用する「へんちくりん」の活動。一人の大学生の志が、10年かけて実った。
放置竹林に頭を悩ませている地域は少なくない。長崎市もその一つだ。同市郊外に、竹林を子供たちの野外活動のフィールドとして有効に活用している団体がある。「へんちくりん」の愛称で呼ばれるNPO法人環境保全教育研究所だ。10年前にこの団体を立ち上げたとき、豊田菜々子さんは長崎総合科学大学の4年生だった。
「もともと自然体験が好きで、大学時代はキャンプサークルに所属していました。夏になると30人ぐらいの子供たちを連れて2週間のキャンプ生活をする、といった活動です。卒業後は、大学で学んだことを活かして、企業に対する環境経営のコンサルタントを本業にしつつ、自然体験事業もあわせてやっていきたいと思って、環境保全教育研究所をつくったのです」
誰も道を示してくれない、ゼロからの出発だった。このとき設けた活動拠点が、竹林に囲まれた現在の事務所の場所である。事務所の建物は空き家を改修したものだ。
「長崎はモウソウチクの多い地域です。このあたりは、かつて缶詰用のタケノコを栽培していたらしいのです。ところが、定期的に仕入れに来ていた缶詰業者が、輸入品に押されて廃業してしまった。タケノコの買い手がいなくなって、竹林も放置されてしまったと聞いています」
じつは、豊田さんは以前からこの場所に通っていた。荒れる一方の竹林に手を焼いた土地の持ち主がタケを伐ってくれるところはないかと地元の社会福祉協議会に問い合わせ、そこから大学に話が来たのだ。豊田さんらは仲間を集めて「竹取物語」というプロジェクトをつくり、竹林整備に汗を流した。
「団体の拠点を探したら、そこがたまたま縁のある竹林だっただけで、最初から竹林問題に関心があったわけではないのです」
と豊田さんは笑うが、その後の豊田さんの歩みは、竹林というフィールドを得たことで飛躍した。竹林が荒れるのはタケの使い道がなくなったからである。豊田さんは「自然体験」という使い道を設定することによって、こつこつと竹林整備を進めてきた。
「この竹林も最初は人が入れる状態ではありませんでした。活動場所として使うためには、子供たちが入れる状況をつくらなければならない。そこで毎年、切っては燃やし切っては燃やし、タケノコを掘る、というのを繰り返しました。ここ数年でようやく入れるようになってきたところです。でも竹林には、1年を通して活動できるという大きな利点があります。春はタケノコ掘り、夏はそうめん流し、秋はタケを使ってご飯を炊いたりするアウトドアクッキング、冬は門松作り……。季節を感じられるところが魅力的ですね」
任意団体として出発した環境保全教育研究所は、4年目の2014年にNPO法人の認証を受けた。地域の協働事業や地域活性化といったことが重視される時代の流れも追い風になり、竹林での自然体験はしだいに地域に認知されるようになった。とりわけ夏のそうめん流しは地元の名物イベントである。
「もともとは、地域の学童保育の子供たち向けの活動として、長いそうめん流しをしたいという希望がありました。ちょうど小学校の裏に、車が通れない、まるでそうめん流しのためにあるかのような道があるんです。そこで、伐り出したタケをつないで40mから始めました。毎年2mずつ延長していますから、去年は56mまで延びるはずだったんですが、残念ながら新型コロナで中止になってしまいました」
自然体験の受け入れは、保育園や学童保育など、30人、40人といった団体単位でおこなってきた。だが、口コミで評判が広がり、個人でも参加したいという声が増えてきたため、2016年に自然体験プログラム「へんちくりん学校」を開始、親子単位、家族単位でも体験できるようにした。
「この仕事を始めるとき、誰もが『また来たい』と思えるようにしたかった。その気持ちはずっと持っています。企画を立てる際は、必ず相手と綿密な打ち合わせをして、どんな子供たちがいるか、どういうことをしたいかを聞き取り、プログラムに落とし込むようにしています。ですから、同じタケノコ掘りでも、参加する子供たちによって、毎回内容が変わってきます」
努力がむくわれ、リピーターになる人が多い。そればかりか、かつて参加した小学生が、高校生、大学生になって、今度はスタッフとして手伝ってくれるようになった。
「いつか彼らが私のような仕事をしたいと思ったときのベースづくりができればいいなと思います。そのためにも、これからは口コミに頼らず、自ら発信していかなければ。考えていることをどんどん外に出していかないと、夢は実現しませんから」