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イチロー選手といい、松井秀喜選手といい、久保田さんの作られたバットを愛用する選手がメジャーリーグで大活躍しています。
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久保田
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自分の作ったバットがメジャーで使われるなんて、この仕事を始めたときは思いもしませんでした。彼らのお役に立てたのは、幸運としかいいようがないですね。というのも、木のバットは素材が命。自然界にいい木がなければ、選手が満足するバットはこしらえようがありませんから。球を弾き飛ばすのに必要なバットのしなりや反発力、あるいは外見の美しさも、木そのものの特質であって、職人がそれを作ることはできません。私にできるのは、木を選んで同じ形に削ることぐらい。自然が100年かけて育てた木を15分ほど削って、私が「作った」なんておこがましい話です。
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バットを作るうえで「いい木」とは、どういうものでしょうか。
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久保田
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木の良し悪しは決めるのは職人ではなく、実際にバットを手にする選手です。木には一本一本個性があり、選手がそれを認めてはじめて、「いい木」になる。イチローさんの好む木と松井さんの好む木は違います。職人は、バットの形や重さを揃えるだけでなく、木の個性を見きわめ、選手の要望に応じてそれを活かしきらなければいけません。
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久保田さんの技は、名だたる強打者から絶大な信頼を寄せられてきました。彼らの要求は厳しいのですか?
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久保田
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一番驚いたのは、中日の落合監督の現役時代に受けた注文ですね。打ち方が人と違うだけに、バットを選ぶ眼も独特でした。速い球を打ち返すために、軟らかくて無理が利く、若い木を好んで使われたんです。でも、若い木は木目が不揃いで、見た目が悪い。従来は、不良品として排除していました。それが木に対して、どんなに失礼なことか、落合さんには木を活かす大切さを改めて教えられました。
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近年、国内ではバットを作るための資源が不足しているそうですが。
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久保田
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国産バット材の主流はアオダモという落葉高木です。この木は切ると、再生するまでに100年近くかかる。しかもスギなどに比べて用途が狭く、商品価値が低いので、これまで植林がほとんど行われてきませんでした。そのため、プロのバットにできるような良質の木を確保することが、むずかしくなってきているのは事実です。
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久保田
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アオダモに代わる素材として、カナダや北米、中国産のメープル材に注目しています。甘いシロップがとれる、あのメープルです。素材としてすぐれているだけでなく、メープルは幹が太いので、1本の木からアオダモの3倍はバットが作れる。私も何度か産地を視察しましたが、やはりあちらは資源のスケールがケタ違い。バットにしたい木がいっぱいあるんですよ。ただ、そうはいっても、使う側の選手がアオダモに慣れていますから、すぐに切り替えるというわけにはいかないでしょう。
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木製バットの危機は野球という文化の危機でもあります。
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久保田
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ミズノだけで年間2万5000本のアオダモを造材しますが、そのうちプロのバットになるのは3割程度。1割は無駄が出てしまいます。今後は、なるべく伐採前に現場で木の特質を見極め、切る木を減らしていきたい。バット作りの効率を、もっとよくしたいんです。半世紀近くこの仕事を続けてきて思うことは、何と軽率に木を扱ってきたかという後悔ばかり。だからこそ、これからもバット作りが続けられる環境を、なんとしても次代に残さなければならない。それが私の最後の使命だと思っています。
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