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冬の湖畔はワカサギ釣りの客で賑わう。群馬県・榛名(はるな)湖はそのメッカのひとつだ。1990年代後半、ワカサギが湖から消えたことがあった。生活排水の流入による水質の悪化が原因だった。地元の要請を受け手一肌脱ぐことになったのが、群馬高専の小島昭教授である。人呼んで〝炭博士〟、炭素繊維による水質浄化技術の開発者だ。 |
小島 |
地域のまとめ役である老舗ホテルの社長から頼まれて、二つ返事で引き受けました。私も実証実験の場所を探していたところでしたので。実験は社長が提供してくれたホテルの私有地、湖岸の一区画で始めました。炭素繊維というのはアクリルなどを炭化させてつくる、髪の毛より細い、いわば〝炭の糸〟で、これを1万本以上束ねたものを数百束ずつ湖に沈めて、人工の藻場をつくったんです。水中カメラで観察してみると、5〜6週目ぐらいから劇的な変化が現れました。 |
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水中映像を見ると、初めの頃にくらべて炭素繊維の周囲の水が明らかに透明度を増していて、逆に、繊維の束には大量の汚れが付いていた。しかも、炭の糸の驚くべき力はそれだけではなかった。 |
小島 |
ほら、何かがわーっと湧いているでしょう。プランクトンです。そしてこれをエサにする魚たちが、呼び寄せられるように集まってきたんです。肝心のワカサギもやってきた。驚いたことに、ふつうは水草に産みつける卵を、炭素繊維に産みつけたんです。ふ化した稚魚も繊維を隠れ家にして成長しました。これは、メダカを使った水槽内での実験でも確認できました。水をきれいにし、魚を集め、繁殖を促す。水中の生態系のなかで、炭素繊維は水草と同様、いや、それ以上の役割を果たすことが実証されたわけです。この映像は私に、研究のたしかな手応えを与えてくれました。 |
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