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「自然」に魅せられて一般公開の日、中庭のタッチプールにはウニやナマコがごろごろ
「長高水族館」は本日も大盛況!
重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
伊予灘に面した大洲(おおず)市長浜町の愛媛県立長浜高校には、月に一度一般公開される水族館がある。その運営を担っているのは、全国唯一の「水族館部」の生徒たちだ。

手作りの水族館
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「長高水族館」は、毎月第3土曜日に無料で一般公開される校内の水族館。空き教室にぎっしりと並んだ水槽には、150種2000点に及ぶ生き物が展示されている。開館から21年間で来場者が延べ11万人を超えるという一大観光スポットでもある。普通の県立高校に、なぜこのような水族館が生まれたのか。
重松

もともとこの町には、1935年にできた四国初の町立水族館がありました。私は北条市(現・松山市)の出身ですが、子供のころ、長浜まで水族館を見に来た記憶があります。四国では有名な水族館でしたが、建物が老朽化して、86年に惜しまれながら閉館しました。その後、99年に、「水族館の町」という記憶を引き継ぎ、町が一体となって「長浜まちなみ水族館」というイベントが始まったのです。町内の個人や事業所が持っている水槽をネットワーク化して、町全体を水族館に見立てるという催しです。この催しの中核を担ったのが、長浜高校にある水槽でした。

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現在、水槽群は大きく伊予灘、宇和海、沖縄に分けて海の生物を展示しており、廊下には地元肱川(ひじかわ)の生物の水槽がある。開館当時から学校には水族館が開けるほどの水槽があったのか。
重松

私は開館の3年ぐらい前に生物担当として長浜高校に赴任して、自然科学部の顧問をしていたのですが、赴任当時、生物教室には水槽が2つしかありませんでした。子供のころから釣りが好きで、海の生き物に対する関心がすごく強かったこともあり、あちこちから水槽を集めてきて、自然科学部の生徒たちと一緒にあれこれ飼い始めました。長浜は肱川の河口に位置していて、海と川の両方の生物が手に入るのです。98年秋の文化祭のとき、20個ぐらいに増えてきた水槽を水族館に見立てて公開したところ、とても評判がよく、いっそ月に1回公開したらどうか、という話になったのです。そして翌年、隣の教室が空いたので、そこに水槽を移して、本格的な「長高水族館」が誕生したわけです。このときの自然科学部が、2011年より水族館部となりました。


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創立80周年を迎えた長浜高校。カリキュラムの中に「マリンアクアリウム1」という科目があり、1年生は全員自分専用の水槽で1年間生き物を飼育する

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長高水族館の最大の魅力は、水族館部の生徒たちが、つきっきりで水槽の生物の解説をする親しみやすさだろう。校庭にはハマチの泳ぐプールあり、ウニやナマコに触れるタッチプールあり。クイズ・タイムやハマチショーなど、時間帯を区切って企画が練られ、お客を飽きさせないプログラムになっている。のみならず、カフェがあったり、カニやカメをかたどったパンを販売していたり……。一方では他校を招いた研究発表会もあって、非常に盛りだくさんな印象だ。
重松

カフェは生徒会が運営しています。パンはビジネスコースの生徒たちが企画して、学校の前のパン屋さんで作ってもらっています。家庭クラブが来館する子供たちにアクセサリー作りのワークショップをおこなったり、美術部が展示物を作成したりもします。水族館部の活動に呼応して、さまざまな部の生徒たちが横断的に自ら考えて行動しています。水族館は毎月あるので、1回終わると部員で反省会をして、次の月の企画を立て、準備をするのです。ハマチが輪くぐりをするショーには私も最初は驚きました。ハマチというのは回遊する魚で、狭いところには入っていかないものです。それをエサで誘導して輪くぐりするよう馴らしていった。見物する子供たち自身も輪を持てるので、人気のプログラムです。

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ハマチ・プールでおこなわれる輪くぐりショーには子供たちの体験タイムもある
すぐに売り切れる人気商品「水族館パン」

世界に認められた研究
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水族館部には、カクレクマノミなどの繁殖に挑む繁殖班、公開日の企画を担当するイベント班、生物の研究で成果をあげてきた研究班と、3つの班がある。
重松

水族館部員の活動は2つあります。前半は自分の担当の水槽の清掃や水替えなどのメンテナンス。後半が班活動です。カクレクマノミの繁殖技術はかなり上がってきました。ただ、生徒は3年で入れ替わりますから、新しく入った生徒はみんな苦労します。生き物はただ飼うだけでも簡単ではありませんが、繁殖となると卵から成魚まで、それぞれの段階で必要なことが違ってきますから。

商品化されたクラゲ予防クリーム「ジェリーズガード」
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いまの長高水族館の人気を決定づけたきっかけが、研究班によるカクレクマノミについての研究だった。
重松

カクレクマノミがイソギンチャクに刺されない理由の一つが、体表をマグネシウムイオンで覆っていることであるのを突き止めたのです。これは世界初の発見で、2014年の日本学生科学賞最高賞である内閣総理大臣賞を受賞、インテル国際学生科学技術フェアで優秀賞4等を獲得しました。イソギンチャクやクラゲは刺胞動物といって、刺胞細胞つまり毒針を発射して敵を撃退するのです。それを避けるメカニズムをカクレクマノミで発見したことが、数年後に、サーファーなどを対象にしたクラゲ予防クリームの開発につながりました。こちらのほうは、2018年の高校生ビジネスプラン・グランプリで準グランプリを受賞しています。このクリームは化粧品会社とタイアップして商品化し、昨年から販売中です。


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生徒数減少による空き教室が展示室として生まれ変わった。部員それぞれが担当の水槽を持っていて、飼育に責任を持つ

将来は町全体を水族館に
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いまや全校生徒107人の3人に1人は水族館部員という人気の部活。水族館部に入るために入学を希望する生徒が多い。
重松

クマノミの研究でマスコミにとりあげられることが増えてから、一般公開日の入場者数も目に見えて多くなりました。1回平均500人、多いときは900人近くになります。そして、水族館部の存在は、明らかにやる気のある生徒を長浜高校に引き寄せる力になっています。いまは部員のほぼすべてが、水族館部に入りたくて長浜高校にやってきた生徒たちです。彼らの卒業後の進路はさまざまですが、ここで身につけたことは、いろんな意味で生きる力につながっています。なんらかの課題を自分で見つけて、それをいかに解決していくかというプロセスを学んでいますから 。

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将来は長高水族館を教室ではない独立した施設にして、常時開館できるようにする構想がある。
重松

閉館した旧長浜水族館の再興は地元町民の夢でもありました。長高水族館がいくら人気があっても、月に1日しか開館できませんし、教室や廊下を使っているので限界があります。長浜水族館を再建し、運営は基本的に生徒自身が担当すれば、いまの長高水族館のよさを活かせるでしょう。ハコモノをつくって終わりにはしたくありません。食事や買い物のできる「海の駅」のような拠点と、街なかの小さな水槽群、そして長高水族館を結ぶルートを人々が回遊する、いわば町全体を一つの大きな水族館とするような構想です。実現すれば、ほかにはまねのできない水族館になるのではないかと期待しています 。

 

国際学生科学技術フェア2015の授賞式(アメリカ・ピッツバーグ)
長高水族館のマスコット「つらいにゃん」。頭に巨大なクマノミが噛みついている
Profile

しげまつ・ひろし 1967年愛媛県生まれ。愛媛大学卒。愛媛県立大島高校を経て、95年に長浜高校に赴任。生物を担当し、自然科学部の顧問を務める。98年に校内の水槽を水族館として公開したのを機に、全国に知られる「長高水族館」を育て上げた。

CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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