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「自然」に魅せられて
走れQ太! 森を守るシカ追い犬
三浦妃己郎(林業家)
良質な木材を産出することで知られる三重県もまた、シカの食害に悩まされている。だがここに、1頭の頼もしい助っ人が登場した。シカ追い犬Q太だ。
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犬が人里を守っていた
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シカによる農作物被害は全国で3万5000ha、金額にして年間55億円に上る。津市の山間部に広がる美杉町でも、集落の近くに点在する田畑は、ほぼすべてがシカやサルの侵入を防ぐ柵で囲まれている。
三浦

どこもかしこも柵だらけで、オリの中に人間が住んでいるようなものです。植えても植えてもシカにやられるので、とうとう畑を放棄してしまったところもあります。

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シカの食害が問題になり始めたのはいつぐらいなのか。
三浦

私が地元でシカを初めて見たのは25年ほど前、祖父の代からの林業を継ぐために地元にUターンした28歳のときです。父と一緒に木の上で枝打ちをしていたら、目の下をオスのシカが走り抜けたんです。父もそのとき初めて見たと言っていました。それからときどき山で見かけるようになりましたが、当時はまだ珍しくて、シカに出会うと得したような気分になったものです。でもその最初の年、植えたヒノキの芽が食べられて、全滅しました。私らが1匹見かけたときは、すでにたくさんのシカが山に入り込んでいたということですね。

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なぜシカ問題がこんなにひどくなったのか。オオカミがいなくなったからだともいわれているが。
三浦

オオカミが絶滅したのは明治時代で、それ以後もシカはそんなに増えなかった。なぜかといえば、犬がオオカミのかわりをしてくれていたからです。私が小学校のころは犬がたくさんうろうろしていました。それが、野犬も放し飼いの犬もいなくなって、野生動物にプレッシャーを与えるものがなくなったんですね。シカもサルもイノシシも、アライグマ、アナグマ、ハクビシン……どんどん増えて悪さをするようになりました。犬の果たしていた役割は大きかったです。オオカミの復活は現実的ではないので、私は獣害対策犬をコントロールしながら放すのがいちばんいいと思っています。

鹿柵に囲まれた畑。ノウサギが金網を噛み切って穴をあけ、シカがその穴を広げて破られることもある

GPSをつけてパトロール
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シカが林業に与える影響は深刻だ。最近は植林の際に苗木をチューブで覆ったりして食害を防ぐ方法が欠かせなくなっている。
三浦

チューブの中で食べられて枯れているのも多いです。無事に成長しても、シカに皮を剥かれてしまうと商品になりません。皮を剥かれると、腐朽菌が繁殖して中のほうが腐ってしまいます。木はなんとか生きようとして、傷ついた部分を覆い隠すように盛り上がってきて、100年もたつと外見は元通りになりますが、内部は腐朽が進んで空洞になってしまう場合がある。これは大変な問題なのですが、危機感を持たない人が多すぎます。シカをなんとかしないとまともな植林はできないという状況になっているのが現実です。

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森がシカの食害を受けると、土砂崩れの原因にもなる。
三浦

木を伐ったあと、ふつうは植林しますが、しなくても広葉樹やマツが自然に生えてきて、そこはやがて雑木の森になるのです。ところが、シカがそういう若い木の芽を全部摘んでしまうので枯れてしまう。伐った木の古い株が10年ぐらいは残っていますが、それも朽ちてきますから、根が斜面の土をつかみきれなくなって土砂崩れが起きるわけです。同じことが日本全国で起きています。

シカの食害の時間経過を示す丸太。左上から時計回りに、皮を剥かれる→傷をカバーしようと周囲が盛り上がる→内部が腐って抜ける→表面だけが元通りになる
伐採後、シカに下草や後継樹の新芽を食われた現場は大雨で土砂崩れを起こした
Q太がパトロールを始める前は食害がひどかった三浦さんの森。中=皮を剥がれてからだいぶたっている。右=根元に枝をまきつけておくだけでもシカよけの効果はある

GPSをつけてパトロール
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三浦さんの育てた獣害対策犬Q太は今年4歳。猟犬として知られる紀州犬の血をひくオスだ。
三浦

生まれてすぐに、隣町の猟師さんから譲り受けた犬です。福井県の林業家の方にセミナーでお会いしたとき、獣害対策犬が有効であると聞いたので、その方に1カ月ほどQ太を預けて訓練していただきました。Q太が1歳半のときです。人間には絶対噛みつかない、よその飼い犬や飼い猫に吠えない、よその家に入らない、といったルールを教え込みます。シカの追い込み方などは、仲間の犬たちが教えてくれたようです。複数の犬と行動を共にすることで身につけるんですね。

夜9時前後に、猟犬用のGPSをQ太につけてパトロールに出ます。軽トラに乗せて山のほうへ行き、リードを外します。シカの臭いを感じると、あっという間に追いかけていきます。スカイツリーぐらいの高さの山の頂上まで、ほんの20分ぐらいです。犬というのは本来、走る動物なんだなとつくづく思います。車で並走すると時速35kmぐらいで走っていますから、陸上の100mを走る選手と同じぐらいですね。

パトロールの範囲は、いつも同じエリアを一緒に歩いて、縄張りとして覚え込ませました。私が「帰るぞ」と言ってUターンするのを繰り返すと、ここから先は行ってはいけないんだと認識するようになります。エリア内でも昼間は放しません。出会った人をびっくりさせたくないので 。

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Q太は三浦一家のアイドル。だがGPSを首につけるとシカ追い犬としての気合いが入る。シカを追って姿が見えなくなっても手元のモニター(左)で位置がわかる
犬は頼りになる仲間
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パトロールの効果は。
三浦

絶大です。このあたりではシカやサルの食害が激減しました。今年5月には、20kmほど離れた農家から頼まれて180匹のサルの群れを追い払い、エンドウ畑を全滅から守りました。以後サルは来ていないそうです。サルは学習能力が高いので一度恐ろしい目にあうと覚えています。9月にはブルーベリー農家の農園に棲みついて甚大な被害を出したイノシシ数頭を、30分で追い払ってしまいました。

ところが収穫直前の我が家の田んぼをシカにやられました。毎年頼まれている近所の田んぼを優先して稲刈りしている間にうちだけが残ってしまい、シカの集中攻撃に遭ったんです。Q太のパトロールが終わった真夜中に、数km先のパトロールエリア外からシカたちはやってきた。1年間かけて育てたのに、収穫直前に食べられ、踏みつけられて、本当に悔しいです 。

子犬のころのQ太。父親は「最後の裏紀州犬」と称される優秀な猟犬だった。Q太の名は三浦家の子供たちの提案による
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飼い犬は法律上、放し飼いを禁じられているが。
三浦

環境省がその例外として認めているものが警察犬、狩猟犬、そして獣害対策犬です。これらは人に迷惑を及ぼさない訓練がなされていますから、その目的のために使う場合はつながなくていい、とされているのです。そもそも犬をつながなくちゃいけないというのは、都会の決まりを田舎に押しつけたものですよね。そのおかげで、犬が村から獣を追い払っていた、田舎にもともとあった習慣が失われたわけです。奈良県宇陀市と隣の三重県名張市が共同で進めているモンキードッグをはじめ、獣害対策犬が活躍している場所はいくつかあります。犬はペットというより人間と共に生きていく仲間です。リードなしで散歩できるドイツのような国がありますが、私たちも人と犬の関係を築き直すことができれば、野生動物が人間の住むところに近寄らなくなるのではないかと思います。私にとってはQ太がその第一歩です。

猟犬は命をかけて獣と戦いますが、獣害対策犬もやはり命をかけて獣と向き合っています。毎日パトロールに出かけるときは私自身も戦いに出かける戦士のような気持ちになるのです 。

Profile

みうら・きみお 1966年三重県生まれ。祖父が創業した林業を継ぎ、三浦林商代表に。林業を元気にするNPO法人もりずむの副理事長を兼ね、森林管理や製材から林業体験事業まで幅広く活躍している。映画「WOOD JOB! 神去なあなあ日常」ロケの際は現地とロケ隊の調整役を務めた。
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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