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チリモンを探せ! 藤田吉広(きしわだ自然資料館専門員)
子供の頃、チリメンジャコのなかに混じっている形状の違う魚を見つけては、そうっとつまみ出して眺めた記憶が誰もあるはず。いま思えば、それはタチウオやカワハギ、タコやエビの子だったのだ。この“小さな怪物”探しを、環境教育の一つとして普及させようと活動を続けている人たちがいる。名付けて『チリモン・バスターズ=縮緬妖除去隊』。提案者に聞く、その心とは ──
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ヨコエビ類

ジャコの中の邪魔者が主役
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私たちがふだん食べるチリメンジャコとは、主にカタクチイワシの稚魚(イワシシラス)を塩茹でし、乾燥させたもののことだ。干すと縮緬(ちりめん)のようになるのでそう呼ばれる。イワシシラスを網で獲るときに、ほかの小さな生き物も混じる。この混獲物がチリメンモンスター、略してチリモンである。地域によっては、混ざり物を減らすため、エビ、カニ、シャコなど軽いものは乾燥後に風で飛ばしたり、イワシと同じ重さの他の魚は手作業で取り除いたりしているが……。
藤田
どこで獲れたジャコでも珍しいチリモンが出るというわけではありません。たとえば静岡県の駿河湾では遊泳しているイワシシラスを探して掬(すく)い取るので、混ざり物が少ない。一方、大阪湾は海中で袋状の網を引くので、どちらかといえばチリモンの数が多い。じっさい、こんな面妖なのが当たり前に生息しているのか、と驚くことがあります。海の中は、私たちが想像するよりはるかに複雑な生物相によって形成されているんです。
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タツノオトシゴ
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資料館のスタッフたちが居酒屋で注文した釜揚げシラスの中に小さなイカが入っていたのを見つけて、チリモン探しを思いついたという……。
藤田
それは“都市伝説”です。じつはうちの親は乾物が好きで、食卓によくチリメンジャコがのりました。各人の皿に、大きな袋から取り出して小分けするわけですが、袋の底に何か得体の知れないものが入っているのが、いつも気になっていて、小学一、二年生の頃、親が持っていた顕微鏡でそいつを見てみたら、なんとカニの幼生のメガロパだった。図鑑で見て知ってはいたけど、実物を見たことはなかったので、あのときのインパクトといったら、それは大きかった。資料館の企画会議でその話をしたら、面白そうだからやってみようということになりましてね。居酒屋でこの話題が盛り上がったのもたしかですが。
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アイゴ
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ただ、いまの市販のチリメンジャコは、昔と違って混ざり物を少なくしている。だからチリモンを発見するのはそう簡単ではない。そこで、資料館の学芸員の一人が、あちこち問屋に掛け合い、混じり物の入ったチリメンジャコを供給してくれる水産加工会社を見つけた。和歌山県の「(株)カネ上(じょう)」である。会社は環境教育の一環なら、と快諾してくれたという。その後、商品としての「チリメンモンスター」は商標登録される。
藤田 
いまの若い親御さんには、そもそもジャコにはいろんなものが混じっているものだ、というイメージがありません。つい最近も、チリメンジャコに小さなフグの子が入っていたというので騒ぎになりましたけど、袋に入って市販されているものには、不必要なものは入っていないはず、という先入観があるんですね。だから、子供たちとチリモン探しをするときは、親御さんたちに、ジャコとはそもそもどういうものなのか、ということと、「終わってからこのジャコを食用にすることはありません」(笑)と、断ってから始めるようにしています。
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カワハギ
「知ってほしいのは生物多様性です。入り口はやさしいですけど、掘り下げようと思ったら、いくらでも深められる世界ですね」
親のほうが夢中になって
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チリモン探しは、科学イベントとしてそれまで各地で単発的に行われていたが、きしわだ自然資料館では2004年から、資料館に集うボランティア団体「きしわだ自然友の会」と協力して、館の行事としてスタートさせた。偶然にも岸和田はジャコ漁が盛んなこともあって、行事は、子供たちに地場の産業の歴史を教えることにもつながった。初めての講習会で、ジャコを前にした子供たちの反応は。
藤田 
「さあ始めよう」というと、ざわついていた教室が急に静かになって。選り分けていって何かを探すという作業が面白いのでしょうね。そのうち、親のほうが机にかじりついて、子供がその親の背中をはがそうとしたりしてね(笑)。チリモン探しは、その後、口コミでじわじわと全国に広がり、火がついたのは07年頃です。
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チョウチョウウオ
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いったいどんなチリモンが人気なのか。
藤田 
子供たちが見つけて声を上げるのは、やっぱりタツノオトシゴ。次がタコやイカ、カニやエビの幼生ですかね。私たちが見つけた珍しいものでは、クーマという種類のプランクトンの仲間がいます。海の中にはべらぼうにいるのに、私たちの生活にまったく関係がないので、ほとんど知られていない生物です。コバンザメもたまに見つかります。あるとき、インドネシア産のジャコから見つけたというチリモンをもらったことがあって、袋の中を見たら、いりこサイズのコバンザメがゴロゴロ入っていた(笑)。獲り方も違いますが、東南アジアには個体数そのものが多いんでしょうね。でも私たちが子供たちに教えたいのは、海の多様な生態系です。私たちの講習会では、チリモンを発見したら、まず分類します。自分でじっさいに皿の上に取り出して選別していくと、海の中の生物相がどんなふうになっているか、図で見るより実感が湧きますから。
チリモン探しのコーナーで、「チリモン・バスターズ」の心強いアドバイザー、海洋生物担当の学芸員・柏尾翔さんと

投稿写真でつくるウェブ図鑑
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昨年、藤田さんは、福島県立博物館の知り合いに、震災復興支援のワークショップを持ちかけた。テーマはもちろん「チリモン探し」。会場は会津若松市だった。
藤田 
福島県では混ざり物の入ったジャコは手に入らないので、こちらから持っていきました。面白いのは子供たちの反応の違いです。山に囲まれた会津で魚といえば、ポピュラーなのは川魚のほうですから。ところが、会場には海岸に近い浜通りから避難してきた子供たちも来ていて、彼らは、私がチリメンジャコを出しただけで、何をやろうとしているのか、すぐにわかった。海になじみがあるかないか、子供たちの生活環境を意識して、山の豊富なミネラル分が地下水を通じて川から海に運ばれ、河口のプランクトンを育み、それをジャコが捕食する、という説明が必要でしょうね。
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上=虫眼鏡、ピンセットほかチリモン探しグッズ一式
左=きしわだ自然資料館の開設は1995年。自然をテーマにした市民の文化交流の場でもある
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コバンザメ
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チリモン探しのコーナーで、「チリモン・バスターズ」の心強いアドバイザー、海洋生物担当の学芸員・柏尾翔さんと
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マヒトデ
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いま子供たちの間で人気なのが、きしわだ自然友の会と大阪自然環境保全協会のボランティアスタッフが中心になって立ち上げた「チリモン図鑑」というウェブサイトだ。子供たちがチリモン画像を投稿したり、見つけたチリモンの種類を調べたりできる。おかげで、「チリモン探し」は全国規模の広がりを見せるようになった。
藤田 
海の中の生態系というのは、プランクトンのような小さな生物から、サンゴ、海草、海藻、私たちが知っている魚介類まで、無数の生物の連鎖によって成り立っているわけで、そのどれかがいなくなったりすれば、海の環境がおかしくなっている兆候だということにも思いを馳せるような大人になってほしいですね。それは私たちの食生活の危機でもあるわけですから。これは私の野望ですが、何十年か先、日本の世界的魚類学者に、「子供の頃『チリモン探し』にはまったのが、この道に入ったきっかけです」とインタビューでいわせたい(笑)。
Profile

ふじた・よしひろ 1969年大阪生まれ。三重大学農学部卒。会社勤めの傍ら三葉虫化石と節足動物の研究を続けるうちに、生物全般に興味が広がり、2003年「きしわだ自然資料館」の行事の立案やイベントを担当する専門員(ボランティアのスタッフ)に。週末は、各地で開かれるチリモン探し講習会の講師として飛び回っている。
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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