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白神山地の裾野にあたる日本海沿岸は日本一のハタハタの産地。
ここにハタハタを危機から救った男がいる。
Profile
すぎやま・ひでき 1950年東京都生まれ。東京水産大学卒。77年より秋田県水産課に勤務。秋田県水産振興センター所長を経て、2010年より秋田県立大学客員教授。日本魚醤文化研究会代表。ハタハタやクニマスの研究で知られ、『秋田のハタハタ文化』『あきたの地魚・旬の魚』などの著書がある。
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ハタハタといえば秋田の冬の風物詩。毎年11月下旬から12月になると、男鹿(おが)半島から青森県境に近い八峰(はっぽう)町にかけての岸近くに、産卵のために群れをなして上がってくる。塩焼き、はたはた寿司、しょっつる鍋……秋田の食は、ハタハタ抜きでは語れない。
杉山
旗がバタバタとはためく様子がハタハタの語源です。雷の神様を「ハタタガミ」と呼ぶのもそうでしょう。風が吹いて旗がはためくと、雷が鳴る、晩秋の秋田はそんな天候がよくつづきます。ハタハタは、冬に向かって食べ物がなくなる季節に、突然大量にあらわれて、また急にいなくなる。昔の人が「神の魚」と呼んだのもそういう理由です。
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なぜその時期に突然あらわれるのか。そのわけはハタハタの生態にある。
杉山
長年研究してきてわかったことですが、ハタハタがふだん生息している場所は、水深250mぐらいの深いところです。水温は低く、1度から2度。産卵するには水深1mぐらいの浅場に行かなければならないのですが、水温が高ければ行けません。ところが、11月下旬になると、気圧配置が冬型になって、水温が急激に下がるんですね。そこでいっきに浮上してきて、産卵するのです。
白神山地の裾野にあるハタハタの産卵場のひとつ。岩場が好まれる
ハタハタの卵塊(ブリコ)。ホンダワラの藻場に産みつけられる
山と海が迫っている八峰町。白神山地を水源とするいくつもの流れが日本海に注ぎ、稚魚が食べるプランクトンを海に送り出す
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産卵場となる秋田県北部の日本海沿岸は、岸近くで急に深くなっているため、魚は深場から浅場へ楽に移動できる。また卵(卵塊)を海藻に産みつけるのに適した岩場もある。しかし、この場所が選ばれる理由はそればかりではない。
杉山
真冬に孵化したあと、稚魚はこの海岸で、ひたすら動物プランクトンを食べつづけ、4月まで過ごします。春先には、白神山地の融雪を含んだ栄養豊富な水が河口から沿岸に流れ出しますから、いわばこの水が稚魚を育てるのですね。海沿いにいくつもある小さな流れは、やがて自分の生まれた場所に帰って産卵するための目印にもなっているようです。
ハタハタは「神の魚」。体長は20cmほど。寿命は5年でメスは一生に2回産卵する。商品としてはメスのほうが人気があるため、水揚げ後、オスとメスに分けられる
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秋田の食卓に欠かせないその魚に、異変が起きた。1963年から13年間連続して1万t以上を保っていた漁獲量が、その後急減して、91年には過去最低の70tまで落ち込んだのだ。このままでは秋田の食文化が滅びてしまう……。当時、県の水産漁港課に在籍していた杉山さんは、対策を練るために漁業者とともに奔走した。
杉山
原因はひとつではないと見ています。日本海の環境や水温の変化が大きい。魚はときどき、漁獲量が大きく変動することがありますが、かならずしも人間のせいとはいえません。だからといって、座視しているわけにはいかない。まず取り組んだのは、ハタハタの生態を調べることでした。あまりにもおなじみの魚だっただけに、生態がよくわかっていなかったんですね。いつ孵化するのか確かめようと、真冬の海にウェットスーツで潜ったり、卵の数を数えるために、ブリコ(ハタハタの卵塊)をうまくほぐす方法を考案したり……。深海探査船の「しんかい2000」に都合3回乗りました。ハタハタの未成魚が泳いでいるのを見たのは、私が初めてでしょう。もっとも「しんかい」には大型の母船があり、乗組員が50人もいるので、1回動かすのに莫大なお金がかかりましたけど(笑)。
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漁業者の出した結論は、「全面禁漁」だった。資源量回復の見込みが立つまで漁をしないという取り決めだ。適切な管理さえおこなえば、やがて回復するという自信が杉山さんにはあった。
杉山
ハタハタがほかの魚と違うところに目をつけたんです。タイやヒラメは、卵を100万粒くらい産みますが、ハタハタは1000粒くらい。タイやヒラメは2日で孵化するのに、ハタハタは2カ月もかける。その結果、稚魚がすごく大きくて、生き残る率が高いんです。つまり、タイやヒラメはたくさん産まれてたくさん死ぬけど、ハタハタは産まれる数が少ない反面、無事に育つ。戦略が違うんです。しかも、産まれた海岸に戻って産卵する。だったら、漁場になっている産卵場の海岸を禁漁にすれば、稚魚はかならず無事に成長して資源量が回復するはずです。
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しかし、生活の糧を奪われる漁師たちへの説得は困難をきわめた。禁漁ではなく、網の目合いの大きさや期間の減少などでよい、という意見もあったが、杉山さんは自分で調べたデータを武器に、とことん話し合った。
杉山
漁師の世界に多数決はないんです。禁漁するか、しないか、納得するまで話し合う。そして彼らがたどりついた結論が、3年間の自主禁漁です。決めたからには、密漁はぜったいにしない。そこが秋田の漁師のすごさです。世界には、国が音頭をとって禁漁した例はありますが、漁師が自主的にやったのは秋田だけ。FAO(国連食糧農業機関)も認めたほどです。
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禁漁は92年から3年間。その後は毎年、資源量の推定値の5割を漁獲量の上限とした。
杉山
ありがたいことに、禁漁中、ハタハタのかわりにトラフグが大量に獲れたんです。これはもう神様が助けてくれたとしか思えませんでした。禁漁期間が終わったとき、これでもし資源量が回復しなかったら……と不安にさいなまれました。でも当初の見込みどおり、その後は順調に回復しています。いまは逆に、値段が下がりすぎるのが頭痛のタネですが。
八森漁港にて。年末には大量のハタハタがあふれる
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杉山さんがいま、いちばん力を入れているのは、魚醤の研究だ。世界を見れば、タイの「ナンプラー」、ベトナムの「ニョクマム」と枚挙にいとまがない。日本三大魚醤といえば、能登の「いしる」、四国の「いかなご醤油」、そして秋田の「しょっつる」だが、残念ながら、近年、しょっつるの生産量はかつてより大きく落ちている。
杉山
魚醤は奈良時代から伝わる、魚食文化の知恵の結晶です。秋田のしょっつるは、イワシなどを使う場合もあるし、ハタハタを使う場合もある。ようするに地元で大量に獲れる魚を塩だけで保存し、発酵させて、まったく別の食べ物に変えるんです。こんなすごい文化は、何としても廃れさせるわけにいきません。
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人
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・山里のくらしを支える石積みの技
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・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女
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・大学をニホンイシガメの繁殖地に
楠田 哲士
(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」
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(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館
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(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
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・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気
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(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作
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・チリモンを探せ!
藤田 吉広
(きしわだ自然資料館専門員)
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松丸 雅一
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(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
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・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密
張 勁
(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し
佐々木洋
(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた!
鈴木海花
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・癒しの森でいのちを洗う
降矢英成
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・ブナの山が育てた神の魚
杉山秀樹
(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷
二瓶 昭
(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖
戸田直弘
(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない
石塚美津夫
(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい
和田利治
(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢
山崎充哲
(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島
中村宏治
(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌
高橋慶太郎
(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ
佐竹節夫
(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人
中村滝男
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・水辺って、こんなに面白い!
井上大輔
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・地熱染め 色彩の魔術
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(地熱染色作家)
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・金沢和傘の伝統を引き継ぐ
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・「竹のこころ」を伝えたい
ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦!
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・氷の匠
──冬に育む夏の美味
阿左美哲男
(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人
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(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る
野口廣男
(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年
駒村道廣
(線香職人)
・空師
(そらし)
──伐って活かす巨木のいのち
熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと
藤原誠太
・満天の星に魅せられて
小千田節男
・ブドウ畑に実る夢
ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて
森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う
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・左官は「風景」を生み出す職人
挟土秀平
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柳生 博
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ムツカケ名人に学ぶ──
豊穣の海に伝わる神業漁法
岡本忠好
・イチローの バットを作った男
久保田五十一
(バットマイスター)