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「自然」に魅せられて
コウノトリ、再び日本の空へ
松本令以(獣医師)
1971年に日本の空から姿を消し、 今また人の手で数を増やしつつあるコウノトリ。 彼らの野生復帰を成功させるために必要なものは何か。 最前線で取り組む獣医師に聞いた。
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飼育下のコウノトリと公園専属の獣医師・松本令以さん

コウノトリはなぜ消えた?
投函するとコウノトリの消印が押される公園近くのポスト
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野生のコウノトリが一度絶滅した理由は、コウノトリが稲田を荒らすために乱獲されたからだといわれている。
松本

コウノトリが絶滅したのには乱獲のほか、農薬の使用で餌となる生き物が少なくなったことや、営巣に適した大きな松の木が少なくなったことも関係していると考えられています。しかしその他にも、電線に触れて感電死したり、小動物用の罠(とらばさみ、いたちわな)にかかったり、違法に銃で撃たれたりした個体も多くいました。野生に残っていた最後の一羽は、ケガをして保護された後に死亡しました。2005年から放鳥が始まり、コウノトリの野生復帰の取り組みが活発に進められている今でも、こうした事故は彼らの脅威となり続けています。

ちなみに乱獲のきっかけとなった「コウノトリが稲田を荒らす」という噂は、実は誤りです。彼らは肉食で稲を食べませんし、兵庫県立大学による研究で、コウノトリはあまり多くは稲を踏まないこと、踏まれた稲が育たなくなっても空いた空間を補うようにしてまわりの稲が繁茂するため収穫量にはあまり影響がないことがわかっています。


血統の管理は慎重に
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現在は人の手で繁殖が進められ、その数を増やしつつある。兵庫県立コウノトリの郷公園はその中心地だ。

松本

兵庫県豊岡市は野生のコウノトリが生息していた最後の地です。当園では1985年以降、ロシアからコウノトリ12羽を譲り受けるとともに、全国各地の動物園からもコウノトリを譲り受け、繁殖させた後、放鳥をおこなっています。ケガをした個体や親を失くしたヒナを保護することもあります。

2021年10月現在、日本に生息する野生のコウノトリの数は260羽。うち50羽以上は同年に生まれた個体であるため、すべてが成鳥になるかどうかはわかりません。巣立ったコウノトリのうち半分近くは、成鳥になるまでに死んでしまったり行方不明になってしまったりするのです。

飼育下でも毎年繁殖しており、21年、当園では2羽を放鳥しました。飼育下には100羽以上のコウノトリがいますが、多くは今のところ放鳥予定がありません。日本のコウノトリはごく限られた個体数から増やしていったため血縁関係が近く、血統の管理をしなければ近親交配となり、生まれる子に問題が生じる可能性があるのです。飼育下にいるコウノトリは野外にいる個体の親や兄弟たちで、いわばバックアップ。遺伝的多様性を確保するために毎年少しずつ放鳥したり、野生のコウノトリが激減した場合に備えて飼育しています。野生動物を継続的に繁殖させていくためには、ある程度の数が必要になるんです。

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松本さんが事務局長を務めるコウノトリの個体群管理に関する機関・施設間パネルでは、コウノトリの交配のバランスを図っている。
松本

現在、日本にいるコウノトリのほとんどには足環がついており、個体識別番号がわかるようになっています。番号はコンピュータに記録され、近親交配にならないよう管理されています。交配や放鳥の際にはできるだけ遠い血筋の鳥同士でカップリングできるよう、全国各地の動物園と連携を図ります。相性の問題もありますから、毎回複数のお見合い相手を用意して様子を見ながら同じ飼育部屋に入れるなどの工夫を飼繁殖用のドーム状のケージのなかではペアが飼育されている育員がおこなっています。

血統を増やすための試みとして有精卵の交換もしています。コウノトリは通常3~5個の卵を産むのですが、これらが毎年すべて成育しても同じ血統の子孫ばかり増えてしまう。喜ばしいことである反面、血統の管理上は問題が生じるため、卵をそっと取り除き、国内の動物園から譲り受けた有精卵と入れ替えるのです。これにより様々な血統のコウノトリを、遺伝的多様性を維持しながらバランスよく繁殖させたり放鳥したりすることができるんです。

最近では里子を育てさせることにも2例成功しています。野生のペアの一羽が事故で死んでしまったため、ヒナを保護して飼育下のコウノトリに育てさせたのです。野生では、親鳥が一羽になってしまうとヒナが生き延びることは非常に難しくなります。餌を取りに行っている間になわばり内に侵入した他のコウノトリに狙われるためです。コウノトリは基本的に一度定めたペアと一生を添い遂げますが、ペアの相手もヒナもいなくなった個体は「再婚」することもあります。

繁殖用のドーム状のケージのなかではペアが飼育されている

人との「共生」が課題
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順調に増えているコウノトリだが、野生復帰を成功させるにはまだ障壁が残る。翼を広げると2mを超える大きさのコウノトリが人々の暮らす街の近くで共生していくことは簡単ではない。
松本

野生のコウノトリが増えるにつれて、事故の件数が増えました。19年からは救護・死体回収される野生のコウノトリの数が年間20羽と高止まりが続いています。コウノトリが増えることで人々の意識が変わり、彼らが暮らしやすい地域づくりが進んできたのですが、順調に数が増えたことで希少性を感じにくくなったという側面もあると思います。増えてきたとはいえ、まだたったの260羽。人とコウノトリが共存していくためには、人為的な要因による事故への対策を進めることが急務です。

皆様にご理解いただくために、地元の小中学校に環境教育をおこなうほか、交通事故防止ステッカーなどを配布して啓発運動をしています。しかし事故への対策はまだまだ十分ではありません。ケガなどをしたコウノトリは保護をして治療し、できるだけ早く野生に帰していますが、なかには野外で生きていくことが難しくなってしまい、終生を園で暮らすコウノトリもいます。

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ケガで片足を失ったコウノトリ。義足を作製し、ストレス低減を試みる
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義足は義肢装具士が協力して作った。試行錯誤の後が展示されている
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体重の割に翼が大きいコウノトリは、羽ばたきが少なく悠々と飛んでいく
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日本では留鳥化しているが、もともとコウノトリは渡り鳥だ。そのため行動範囲が広く、豊岡で放鳥したコウノトリは全国各地、遠くは宮古島や韓国、中国などでも目撃されている。
松本

野田市(千葉県)や福井県でも放鳥がおこなわれ、コウノトリは全国各地に現れるようになっています。しかしあるとき突然、巨大な鳥が舞い降りてきたら、驚く人も多いでしょう。そこで自治体向けに『あなたのまちでコウノトリが巣づくりをはじめたら』という対応パンフレットを配布しています。自治体にまず考えていただきたいのは営巣を続けさせるかどうか。コウノトリは電波塔などに営巣して電波障害を起こすことも考えられますし、糞が多く臭いも強いです。また観察者やカメラマンが大勢集まると地域の人々に迷惑がかかることもありますので、人々の生活とコウノトリの繁殖が両立できるよう配慮していただく必要があります。

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国内の再絶滅は回避できそうな状況にあるが、どのような状態になればコウノトリの「野生復帰」がなされたと言えるのだろう。
松本

当園が定めた「コウノトリ野生復帰グランドデザイン」では、コウノトリが普通種になることが目標の一つとされています。レッドリストを外れるための具体的な基準値は示されていませんが、国内での個体数が増えるにしたがって次第に普通種に近づいていくのではないでしょうか。

ただ、普通種になり、人々がコウノトリに関心を示さなくなることがゴールではないと思います。むしろ、現在は普通種であるスズメやサギのような動物にも人々が興味関心を持つようになっていくことが必要ではないでしょうか。大切なのは人とコウノトリを含む様々な野生生物が共存できる社会づくりをしていくこと。引き続きコウノトリの一大発信地である兵庫県や豊岡市がコウノトリとの共存に向けた取り組みをおこない、全国にモデルを示せるよう活動していきたいと考えています。

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足環の色の組み合わせで個体識別番号が確認できる
Profile

まつもと・れい 1975年、京都市生まれ。北海道大学獣医学部卒。日本の野生動物のために働きたいと、日本各地の動物園で獣医師として勤務。爬虫類から哺乳類まで様々な動物の診療にあたる。2016年より兵庫県立コウノトリの郷公園でコウノトリの保護や研究に携わる。
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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