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火山はかならず噴火するのか、噴火するとどうなるのか ── 料理が大好きな火山学者が考えた火山活動の再現実験が、いま子供たちに大受け。実験に使うのは、なんとお菓子の材料だ。
Profile
はやし・しんたろう 1956年北海道生まれ。北海道大学理学部卒、東北大学大学院修了。専門は火山地質学、火山岩石学。秋田大学教育文化学部教授を務め、2014年より附属小学校校長を兼務。「楽しく学んで噴火にそなえる」をモットーに出前授業を続けている。著書に『世界一おいしい火山の本』『ジオパークへ行こう!』などがある。
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日本列島には100を超える活火山があるが、実際に私たちが噴火を目にする機会はめったにない。そこで、チョコレートやココアといった身近な食材を使って、火山活動を再現する方法を考えた人がいる。名づけて「キッチン火山実験」。発案者は火山学者の林信太郎先生である。
林
小・中学生を対象にした出前授業で、実験を始めたのは10年ほど前からです。たとえば、炭酸飲料の缶やペットボトルの口を開けておいてから振ると、中身が勢いよく噴き出しますね。火山の噴火と同じ現象を起こしているんです。マグマも炭酸飲料と同じように液体にガスが溶け込んでいて、圧力が下がると、急激に気泡が発生して飛び出すんです。コーラのボトルのふたに小さい穴を開けて校庭でこの実験をすると、もうみんなびっくりです。中身が10mぐらい噴出しますからね。火山の爆発を子供たちに見せるのは危なくてできませんけど、この実験なら安心です。「びっくり効果」もあって、なかなか忘れませんしね。
溶岩の流れ方
用意するものはコンデンスミルクとココアパウダー。コンデンスミルクは粘り気のある溶岩、ココアパウダーは岩や土壌のモデルとして便利な材料だ。
①コンデンスミルクを紙皿に絞る。
②上にココアパウダーをたっぷり振りかける。溶岩流の外側が冷えて固まり、岩になっている様子
③山の斜面のように紙皿を傾けると、裾野に向かって溶岩が流れ始める。粘り気でキャタピラのように岩を巻き込んでいく。溶岩流の上側だけでなく、下側にも岩があることがわかる。実験が終わったらココアにして飲む
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大学に出勤する日は、自ら手作りの弁当を持参するほどの料理好き。校長を務める附属小学校では給食室のおばさんとの会話がことのほか楽しいという林先生の実験のアイデアは、文字通りキッチンから生まれた。
林
料理をしていると、ああこれはあの現象とそっくりだな、とか、これは実験に使えそうだな、と思うことがよくあるんです。思いついたら実際にやってみて、子供でもできるように改良していく。お菓子の材料を使った実験が多いのは、一時期お菓子作りに凝っていたからです。我が家に食べ盛りの子供が3人おりましてね、おやつ代がバカにならないんで手作りしてみようと。おかげで実験のレパートリーがどんどん増えていきました。
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出身は北海道苫小牧市。支笏湖畔の火山・樽前山が目の前にそびえる町だ。北海道大学では地質学を学ぶかたわら、登山と冒険が好きで探検部に所属していた。
林
仕事で山に登れるのが火山学者のいいところです。火山が噴火すると、火山学者は今後の予測や対策についてアドバイスを求められます。ある程度予測のつく火山もありますが、よくわからないケースもある。大きな噴火だと、監視を続けなければならないので、地元の火山学者は不眠不休です。とても体がもたないので、全国から同業者の応援を頼むことになります。2000年の有珠山の噴火のときは、私も応援に行きました。その後、東京で学会に出席していたら、今度は三宅島で噴火の兆候が出た。急いで船の切符を手配して、学会に出席していた数人の同業者と一緒にたどりつきました。でも、そのときはまだ目立った異変はなく、のちに全島避難というような大規模な噴火が起きるとは思いもよりませんでした。予測がむずかしかったケースです。
ちなみに、有珠山の場合はマグマの粘り気が非常に強く、まわりをぎしぎしと押しながら地表に上がってきたので、かなりはっきりした前兆の地震が起きました。したがって噴火の予測がしやすく、住民も早目に避難できたのです。
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火山の調査に危険はつきもの。火山学者の多くが、溶岩や地熱で足に火傷を負ったり、火山弾が頭上を飛び越えたりと肝を冷やすような経験をもつ。
林
タンザニアに、オルドレイニョ・レンガイ火山というマサイ族の信仰の対象になっている火山があります。マグマの温度というのは、ふつうは1000度ぐらいあるんですが、ここは化学組成が異なっていて500度ぐらいと低い。世界で唯一、黒い溶岩が噴出するのを見ることができる火山なんです。ここの溶岩は粘度が低く水のように流れながら、ゆっくり固まっていく。だから私は、もう冷えて固まったと思って足を踏み出したら、ずぶっと踏み抜いてしまった。まだ固まっていなかったんですね。あっという間に靴が溶けました。とっさに足を抜いたので助かりましたが……。
火山灰の飛び方
①机に黒い紙を敷き、扇風機で風を吹かせておく(日本上空の風を表現)。紙粘土製の火山の噴火口の底に台所用のごみネットを張り、その上に、適当にちぎった麩(ふ)の火山灰を詰める。火山の下の穴から自転車のチューブと空気入れで勢いよく空気を入れると、噴火のように麩が噴き上がる
②扇風機を止めて、麩の散らばり方を観察する。大きなかけらは火山の近くに、細かいものは遠くに落ちる。粉状のものは風に乗って広範囲にまき散らされることがわかる
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爆発的に噴火する火山の多い日本とは逆に、世界の多くは、ハワイのキラウエア火山のように溶岩がゆったりと流れ出るタイプだという。
林
日本の土地が肥沃なのは火山のおかげだといってもいいんです。噴火で降り積もった大量の火山灰や軽石は雨で流れ、谷や海を埋め立てて、山の麓に広く平らな土地をつくり出します。日本にもし火山がなかったら、人の住める平野はもっとずっと少なかったでしょう。もう一つは、火山のまわりには水が多く溜まるんです。火山本体が穴だらけの岩でできているのと、噴出物でできたまわりの土地も、細かな穴がたくさん空いているので、スポンジのように水を蓄えます。
私がよくする実験に、スポンジケーキか食パンをのせたお皿をちょっと傾けて、上から牛乳をかける、というのがあります。牛乳はケーキに吸い込まれて、しばらくしてから低いほうへ染み出してきます。牛乳をかけるのをやめても、しみ出るのは止まりません。火山のまわりの土地で湧き水が豊富なのは、これと同じ原理です。
噴火にしても川の氾濫にしても、新しい土砂が大量に供給されることで土地が肥沃になるんです。その結果、食料がたくさん生産でき人口が増える。中国、インド、インドネシアなどは、それで人口が多くなったんです。とりわけ火山大国であり水害も多かった日本は、つねに新鮮な土砂を供給されてきた。まさにこうした自然現象の恩恵をこうむった国です。
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火山を知る目的は、なんといっても防災にある。たとえ噴火が予測できなくても、いざ噴火したときに何が起きるかがわかっていれば命が助かることもあるからだ。
林
2014年の御嶽山の噴火のあと、新聞社が被災者にインタビューしたところ、御嶽山が活火山であることを知らずに登っていた人が少なからずいたことがわかりました。私も、助かった人に直接話を聞きましたが、噴石が飛ぶのが見えてから落ちてくるまで10秒ほどしかなかった、といいます。そこが活火山だということを理解していないと、「逃げろ」というスイッチが入らないんです。噴石が飛んでくるのに、気が動転しているうちに、5秒ぐらいはたちまち過ぎて、避難するチャンスを逃してしまうんです。御嶽山が活火山であることはもちろん、登る少し前に地震があったことまで知っていた登山のベテランは、噴石を見て、とっさに近くの岩陰に身を寄せたものの、全身が隠れるだけの大きさがない。あれこれ姿勢を工夫して、なんとか身を隠し、噴火がちょっと途絶えたすきに、もっと大きな岩へ向かって必死に走ったそうです。ベテランにしてその有様ですから、噴火の現場がどんなに過酷なものか。最初の1分が勝負です。
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キッチン火山実験を使った出前授業は、年に15〜25回。この啓発活動が評価され、2015年に日本火山学会賞を受賞した。
林
私の授業を受けた子供たちのなかから、火山の専門家の道に進む者がポツポツと出てきています。でも、啓発活動はまだまだ道半ばです。全国の子供たちに火山の怖さとともにその魅力を伝えたいと思っています。
上=「この火山模型は100円ショップで売っている紙粘土で作りました」という林先生。左=大学のロッカーの中は実験の小道具でいっぱいだ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人
片岡義廣
(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望
ジョン・ギャスライト
(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ
松本 令以
(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動
坂内 啓二
(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦
貫名 涼
(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる
石川 仁
(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森
伊藤 弥寿彦
(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい
江戸家 小猫
(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況!
重松 洋
(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬
三浦 妃己郎
(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる
成田 重行
(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技
真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女
藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む
大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す
前田 清悟
(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記
吉浜 崇浩
(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から
石橋 美里
(鷹匠)
・タカの渡りを追う
久野 公啓
(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン
中村 雅量
(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に
佐々木 久雄
(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に
楠田 哲士
(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」
林 信太郎
(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館
森 拓也
(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる
田瀬 理夫
(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う
野口 勲
(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々
ケビン・ショート
(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中
岡崎 弘幸
(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気
森田 孝義
(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作
小松 泰史
(獣医師)
・チリモンを探せ!
藤田 吉広
(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る!
松丸 雅一
(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて
竹内 聖一
(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係
片山 一平
(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く
小島 昭
(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密
張 勁
(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し
佐々木洋
(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた!
鈴木海花
(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う
降矢英成
(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚
杉山秀樹
(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷
二瓶 昭
(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖
戸田直弘
(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない
石塚美津夫
(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい
和田利治
(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢
山崎充哲
(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島
中村宏治
(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌
高橋慶太郎
(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ
佐竹節夫
(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人
中村滝男
(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い!
井上大輔
(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術
高橋一行
(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい!
宮崎栄樹
(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ
間島 円
(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい
ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦!
小宮輝之
(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく
吉村文彦
(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠
──冬に育む夏の美味
阿左美哲男
(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人
大内一夫
(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る
野口廣男
(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年
駒村道廣
(線香職人)
・空師
(そらし)
──伐って活かす巨木のいのち
熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと
藤原誠太
・満天の星に魅せられて
小千田節男
・ブドウ畑に実る夢
ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて
森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う
大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人
挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長
柳生 博
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ムツカケ名人に学ぶ──
豊穣の海に伝わる神業漁法
岡本忠好
・イチローの バットを作った男
久保田五十一
(バットマイスター)