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「自然」に魅せられて
猛禽類を操る全国規模の競技大会で女性初、最年少で優勝したほどの腕前。
右=佐賀城本丸での飛翔実演。小城鍋島家の鷹匠文化伝承にも意欲的だ
カラスを追い払うタカ──害鳥対策の現場から

石橋美里(鷹匠)
タカやワシを自在に操り、鳥害対策に目覚ましい成果を上げている女性が佐賀県武雄市にいる。

手塩にかけた“相棒”と全国を飛び回るのは、人と野鳥の共存を願うからだ。


カラスの賢さを逆手に取る
── 
車の中で待機していたタカが外へ放たれた次の瞬間、あたりに鋭い鳴き声がこだました。あとを追うと数十m先の地上で、タカは一羽の大きなカラスを組み伏せていた。カラスも必死だ。タカより太いくちばしを振り回して激しく抵抗する。その戦いの一部始終を石橋さんは静かに見守っていた。
石橋

すでにカラスの急所をつかんでいるので、タカはもう無理はしません。暴れさせて、弱るのを待っているんです。カラスは大きくて力が強い。こうして捕まえてからでも、一瞬のすきを突かれて怪我をすることもあります。しかし、自然の生き物の世界に私が手を出すことはしません。タカ自身が、相手と互角もしくはそれ以上の能力を発揮しなければいけないんです。

この子は「ハリスホーク」という種類の中型のタカで、じつは飛ぶ速度はハトなど飛ぶのが速い鳥に劣るので、それらの鳥を捕らえるにはそもそもハンデがあるんです。そこで、人と猛禽類が協力することで、このやり方が成立するんです。

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カラスなどの捕獲は鳥獣保護管理法および各自治体の条例を遵守しておこなわれる
── 
石橋さんは、タカなどの猛禽類を使う害鳥対策のスペシャリスト。地元・佐賀を本拠地に、田畑を荒らすカラスから有明海のノリの養殖棚に渡ってくる水鳥まで、様々な野鳥の被害対策を手がける。最近は、フン害などに悩む企業や自治体の要請を受けて、都市部でもタカを飛ばす機会が増えてきた。鳥の群れを追い払うのなら、飛ばすだけで足りそうに見える。タカにあえて捕獲させ、その命を食べさせる必要はあるのか。
石橋
(上空を仰いで)ほら、見てください。自分たちの仲間が捕まったのを聞きつけて、群れの他のカラスたちが集まってきました。鳴きながら飛び回っているのは、仲間がタカに捕まったことを他のカラスに伝えて警戒を促しているんです。タカを飛ばすだけでは、追い払うことはできません。すぐにまた戻ってきます。自然界の生き物は賢いですからね。とくにカラスは観察力や記憶力が抜群で、ハリスホークのように、自分たちより飛ぶのが遅いタカだとわかると嘗(な)めてかかる。だから逃げ方もよく知っています。逆にタカを追い払おうと集団で襲いかかることがよくあるんです。だから、その賢さを逆手にとって、「ここはタカが襲ってきて危ない」と学習させるのが一番いい。カラスに、仲間がタカに襲われたり捕まったことを学習させれば、簡単には戻ってきません。場所によっては、カラスが嫌がる忌避剤を併用することもあります。
── 
石橋さんの理想は、人と野生動物とが共存できる自然環境を維持していくことだ。猛禽類を活かした害鳥対策は、その有効な手段だと確信している。
石橋

鳥害の実態は深刻です。いろいろ試したけれど被害が軽減できず、費用もかかり、困り果てて、最後の手段として依頼に来る方も少なくありません。だからこそ確実に排除し、近づけないようにしないといけません。害鳥排除の際にタカが他の鳥を捕まえてその命をいただくのは、人と自然のあるべき関係を守るために必要だと、私は考えています。そもそもすべての命は、他の生き物の命の上に成り立っているのですから。ただ、どうしてもその現実を受け入れたくない人もいます。難しい部分ですね。じつは、このタカの脚には金属ボルトが入っています。以前、カラスを獲ったとき、偶然その場に居合わせた人に骨がひどく砕けるほど叩かれたんですよ。「カラスがかわいそう」という理由です。


飼育も調教も独学の自己流
── 
人生の半分以上をタカとともに過ごしてきた。現在はタカ、ワシ、ハヤブサ、ミミズクなど30羽以上の猛禽類を自宅の庭に建てた禽舎で飼育・調教している。
石橋
人の手で育てられた猛禽類がカラスやハトを追い、捕まえられるようになるまでの道のりは簡単ではありません。タカとして目覚める部分と、人が仕込んだ部分が組み合わさって初めて、追い払いのできるタカになります。“空の王者”は生まれつきではないんです。仕事としてタカを用いるのは、相手が生き物だけに容易ではありません。すべてが試行錯誤の連続でした。とくにタカは、体調や筋肉のつきぐあいによってパフォーマンスが大きく変わります。エサを与えすぎて満腹にしてしまうと狩りをしないし、空腹すぎると筋肉が落ちて狩りができなくなります。コンディションの調整には細心の注意を払わなければなりません。
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上=猛禽類も水浴びが大好き。中=仕事や訓練の前後に必ず体重を測り、体調管理に努める。下= 30 羽以上が羽を休める禽舎
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子供のころから猛禽類を操り、「小学生鷹匠」とか「女子高生鷹匠」などと騒がれた。でも自分では「鷹匠」と呼ばれることに違和感があるという。誰かに師事したこともないし、狩りを目的にタカを扱ってきたわけでもない。飼育も調教も“美里流”である。猛禽が好きでここまで来た。
石橋

猛禽類と出会ったのは小学校1年生のとき、父の仕事の都合で過ごしたタイでした。マーケットで間近に見て、その存在感に圧倒されたんです。帰国後、父にねだり、ハヤブサの仲間のチョウゲンボウという鳥を買ってもらったのですが、当時は飼い方を理解していなくて、2年ほどで死なせてしまいました。そのときは本当に辛かったです。次に飼ったのがハリスホーク。「桃太郎」と名づけて、いまもいっしょに活動する大切なパートナーです。父の知人の協力を得て海外の文献などにもあたりながら、少しずつ猛禽類について理解していきました。ある日、毎年カラスの被害に遭って困っていた祖父のスイカ畑で、試しに桃太郎を飛ばしてみたら、カラスがいなくなったんですよ。その年は豊作でした。そのうわさを聞いた近在の農家さんたちのところにも呼ばれるようになりました。うちも農家だったもので苦労がよくわかるだけに、感謝されてすごく嬉しかった。その経験が私たちの害鳥対策の原点です。しだいに地域で評判になり、依頼を受けるようになったんです。

最初に飼ったハヤブサを死なせてしまった経験から、高校3年の中ごろまでは、タカを扱う獣医師になるのが目標でした。でも、大学の獣医学部へ進むとなれば、家を出て佐賀を離れ、桃太郎や他の鳥たちと離れなければなりません。また、鳥の被害に苦しむ人たちも、タカが飛ばなくなって困ってしまう。そう考えて悩みました。


タカの生を支える命のつながり
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悩んだ末に、猛禽類のエキスパートとしてさらに技術を磨くことを選んだ。同時に、小学校の教員免許取得を目指して佐賀の短期大学へ進学。当時、石橋さんをモデルにした児童図書が出ていたこともあり、小学校の特別授業に呼ばれる機会が増えてきたからだ。
石橋
食物連鎖の頂点に立つタカとともに仕事をしていると、自然や動物の生態ばかりか、命の尊さや感謝の心、そして地球へのいとしさまで、生きとし生けるもののさまざまな営みがからみ合って「いま」があることが見えてきます。私はタカに教わったことをベースに、子供たちに自然を大切に思う気持ちを伝えていきたいんです。たとえば、タカの健康をうまく保つためには、自然界と同じくエサとして生きている小動物を与える必要があります。私が与えているのはヒヨコです。そのときは、「命をいただきます」と心の中で手を合わせ、お経をあげます。それは、自分にできる最大の感謝の姿勢だと思っています。学校に呼ばれるときも、タカが生きたヒヨコを食べることを見せることがあります。ヒヨコの命がタカの命を支える──命のつながりを身近に実感してもらいたいからです。将来、鳥たちへの恩返しとして自然教育の場をつくるために少しずつ取り組んでいることがあります。これからもタカと人の可能性を信じて、古風を大切にしつつ、新しいことにも挑戦していきたいですね。
Profile

いしばし・みさと 1994年佐賀県生まれ。小学3年生でタカを飼い始め、父・秀敏さんと二人三脚で飼育・調教の技術を磨いた。「女子高生鷹匠」と話題になる。現在は秀敏さんが設立した会社に在籍し、鳥害対策やイベント出演、講演など幅広く活躍中。
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依頼を受けて東京・渋谷の繁華街でもカラスの追い払いをおこなったが、「カラスより悪いのは人間のごみ出しマナーでは」と痛感した。タカとの日々は気づきの連続だ
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CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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