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「自然」に魅せられて
先住民族と交流を深めるため葦船で旅を始めた
葦船を編めば世界も渡れる
石川 仁(探検家・葦船航海士)

人は太古、草を編んで舟を作った。ヨシは、葦船と呼ばれるそうした船の素材として、よく使われたものの一つである。
テクノロジーが発達した現代に、なぜわざわざ葦船を作り、旅をするのか。希代の探検家にその魅力を聞いた。

Profile

いしかわ・じん 1967年生まれ。学生時代より旅に魅せられた生活を送る。90年代半ば、ペルーのチチカカ湖で葦船に出会ったのをきっかけに、大型の葦船マタランギ号による国連プロジェクトに参加。2005年には高知県足摺岬から東京都神津島まで日本初の葦船での外洋航海に成功。現在は新たな葦船の旅のプロジェクトを進める一方、全国各地で葦船作りの講習会などを開催している。

先人の知恵を知る旅
── 
石川さんが旅に出始めたのは学生時代。当時はバックパッカーとして世界を放浪していたが、1990年にサハラ砂漠を歩いて旅した頃から、その内容はよりハードなものに変わっていった。なぜ探検家を志したのだろう。
石川

じつは一度も探検家になろうと思ったことはないんです。やりたいことをやっているうちに気づけばそうなっていた。芸術家が芸術家を目指してそうなるわけではないように、僕も気づけば探検家になっていました。学生時代は教師を目指して教職課程を履修していたんです。けれど休学してサハラ砂漠に行ったことで価値観が変わってしまった。地球上の自然をもっと見てみたいと思うようになり、次々にやりたいことが思い浮かぶようになったんです。

編み上げた葦船で北上川を漕ぎ出す
── 
95年からは南米・ペルーのクスコに滞在し、現地ガイドとして働く傍らガイド仲間と隊を結成。4カ月かけてチチカカ湖を葦船で一周している。葦船に魅せられたきっかけは、このときの経験だった。
石川

先住民に生きる知恵を授けてもらうような旅が好きで、アンデス山脈の高地に滞在しました。葦船に乗ったのは先住民の皆さんと違和感なく接したかったから。それで広島県ぐらいの面積があるチチカカ湖を一周したんです。船旅は葦船を一緒に作るところから始めました。葦(現地でトトラと呼ばれる水辺の植物)を束ねて、その束をさらに結びあわせ、全長8mくらいの葦船を作ったんです。葦船の動力は風。ゆっくりゆっくり進むのですが、草を束ねた葦船はとても乗り心地がいい。草が発酵して温かくなるので、まるで動物に乗っているような感覚になるんです。チチカカ湖周辺には開発の手が入っていない区域も多く、まるでタイムマシンに乗っているかのようでした。電気がないためランプを灯して生活し、外国人を初めて見たというような人も多かった。日本の歌や手品を披露して文化交流を図ったことも楽しい思い出です。


国や地域で異なる葦船の形
── 
その旅で出会ったスペイン人冒険家キティン・ムニョス氏のプロジェクトに参加し、98年から、チリのアリカ港からポリネシアのマルケサス諸島まで葦船で88日間8000kmを航海。2000年にも同氏のプロジェクトに参加し、スペインのバルセロナからカボ・ヴェルデ諸島まで2カ月間3000kmを旅した。そして帰国後、今度は日本発の葦船航行を試みる。
石川

『古事記』などに記録されていることから、古来日本にも葦船があったことはわかっています。それで今度は日本で葦船を作り、旅をしてみたくなった。葦船は世界中にあるのですが、材料となる植物は様々で、その地で採れるものを使っています。ペルーにはペルーの、日本には日本の葦船があるわけです。ただし、古来の葦船がどのような姿をしていたのかはほとんどわかっていません。葦船は分解されてなくなってしまうため、現物が残らないんです。エジプトのパピルスには葦船が描かれたものが一部残っていますが、世界中の葦船がそれと同じ形をしていたわけではないと思います。きっと水に浮かぶ草を束ねれば船が作れるという知恵だけが世界に広まり、それぞれの民族がそれぞれの地に適した形の葦船を作ったはずですよ。僕がいま日本で作っている葦船はチチカカ湖で使われていたものをアレンジした構造のものです。

ヨシを縛り「チョリソー」と呼ばれる船体のパーツを作る
チョリソーを組み上げ船の形を作っていく
波を切るため先端は反らせている

使いやすい北上川のヨシ
── 
石川さんが日本で葦船をつくるときは北上川のヨシを使用しているという。
石川

大掛かりなプロジェクトを遂行するために、日本国内で葦船文化を伝え仲間を増やす必要があると考えました。そこで葦船づくりのワークショップを開くことにしたんです。そのとき協力してくれたのが茅葺き屋根の葺き替えなどを手がけている石巻市の熊谷産業さん。僕のプロジェクトを知って、材料となる葦を提供してくれたんです。その葦が北上川産のものだったことから北上川の葦を使うことになりました。これは使ってみてからわかったことですが、北上川の葦は汽水域で育つためよくしなり、とても使いやすい葦なんです。

2年連続で北上川の葦を使いワークショップをした後、実際に北上川の葦原を見に行きました。あまりの広大さに驚いたこと覚えています。そしてそのときに「これで太平洋を渡ってみたい」と思ったんです 。

── 
北上川のヨシ原は東日本大震災により甚大な被害を受けた。地盤が沈下し、かなりの面積のヨシ原が消失したのだ。しかし現在は再び地面が隆起し、ヨシ原をよみがえらせようとした人々の努力の甲斐もあって復活の道をたどっている。
石川

東日本大震災では、お世話になった方やワークショップを通して交流を図った方々が犠牲になられました。未だ爪痕も残っています。ですから復興についてコメントすることはなかなか難しいのですが、よみがえりつつある北上川の葦原を見ていると、人間にはコントロールできない自然の強さと同時に、再び立ち上がろうとする人の精神の強さを感じます。そして植物の持つポテンシャルの高さも。大災害を乗り越えた人たちとまた一緒に船作りができることは大きな喜びです。検疫などで引っかからなければ、次のプロジェクトであるサンフランシスコからハワイへ太平洋を渡る旅には、この葦を復興の象徴として一本でも持って行きたいですね。

[photo]
ワークショップは葦船文化を広めるために全国各地でおこなっている

葦船に乗れば地球を感じる
── 
石川さんは自ら作った葦船に乗ることによって何を成し遂げたいと考えているのだろう。
石川

僕は葦船での航海を通して、自然と繋がる感覚を表現したいと考えているんです。先住民族の方々が持っている感覚をもっといろいろな人に伝えていきたい。彼らの目には、人間も人間以外のものも同じように映っているようなんです。たとえばポリネシアのジャングルで焚き火をしようとしたとき、僕が火を囲むための石を持っていくと、「ちゃんと石に聞いたか?」と言われたことがあります。焚き火のために動かしていいか、石に確認したかと問われたんですね。彼らにとっては石も木も人も対等な存在。この感覚に僕は心惹かれています。サハラ砂漠を旅していたときには、僕も地球の一部になった気がして虫に話しかけたりしました。葦船に乗って旅をすると、同じように地球を感じて風と話すことができる。この感覚を皆さんに伝えることができれば面白いなと思うんです。そこで、次の航海ではライブ配信をしたり、映像を撮って皆さんにVR体験をしてもらったりしてその感覚を知ってもらえるといいなと考えています。古(いにしえ)の乗り物である葦船と最新のテクノロジーを使って実現したいですね。

8mの葦船に5人で乗船しチチカカ湖を一周した

葦船はただの乗り物ではなくて、丸ごと動く生態系なんです。刈り取った葦には、他の植物の種も花粉も、虫も卵も、ときにはヘビだって混ざっています。それらが一つになった葦船が海を渡ると、生態系がごっそり新天地に行き着くことになります。かつて生き物というのはそうやって各地に広がっていったのかもしれません。これはエビデンスがある話ではないのですが、僕は微生物には互いを繋ぐネットワークがあるのではないかと思っているんです。葦船に集まった微生物が新天地に着けるように情報収集をしているんじゃないかなあ。そのために微生物は古くから人間を利用してきたのかもしれないですね。

CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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