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「自然」に魅せられて
「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
風光明媚な宮城県・松島湾で、ヒジキの仲間の海藻、アカモクの養殖がじわりと広がっている。少し前まで見向きもされなかった海藻に熱い目が注がれ始めた陰には、水質改善に半生を捧げてきた元県職員の奮闘があった。
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Profile

ささき・ひさお 1949年宮城県生まれ。北海道大学水産学部卒。宮城県庁入庁後、保健環境センターで松島湾の水質改善に取り組むうち海藻=アカモクの水質浄化能力に着目。その定量評価を得るために、県庁に在籍したまま東北大工学部の大学院へ。50歳で工学博士号を取得。さらに研究を進め、機能性食品としてのアカモクの新たな価値を見出す。07年、日本水大賞奨励賞を受賞。現在、地元でアカモクの養殖指導に携わるほか、「海藻の森を育てて、人も海も健康で豊かに」を合言葉に、水質悪化に悩む漁業・養殖業者の求めに応じて全国を飛び回る。

邪魔ものがスーパー海藻に
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ワカメやコンブなどの海藻類には水溶性の食物繊維が豊富に含まれることはよく知られているが、アカモクの値はほかの海藻にくらべてずば抜けて高い。このアカモクの機能性食品としての有用性を見出したのが、半世紀近く松島湾の水質改善に取り組んできた佐々木久雄さんである。
佐々木
夏になると、よく海岸に打ち上げられている海藻ですから、みなさんもよく見かけると思いますよ。秋田ではギバサ、山形ではギンバソウ、岩手はジョロモと、呼び名は違いますが、一部の地域では昔から好んで食べられていた海藻です。あのねばねば成分には、高血圧や糖尿病など生活習慣病を防ぐ作用のみならず、抗ウイルス効果や抗がん作用があることもわかりました。
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アカモクの栄養価が注目され始めたのは、2000年に入ったころ。だが、佐々木さんがアカモクに目をつけたのはその数年前、それも食材としてではなく、その驚異的な海水の浄化能力だった。
佐々木
私が大学を卒業して宮城県庁に入った1972年は、ちょうど公害が社会問題になっていたころで、松島湾も例外ではありませんでした。260あまりの島々が外洋の波を遮っているので、水深が2〜4mと浅く、流れも穏やか。それがかえって仇になった。流れ込んだ工場排水や生活廃水が滞留して、赤潮が頻繁に発生したんです。当時私は、公害規制課で工場排水の規制を担当し、のちに保健環境センターという部署に移って水質改善の研究に携わるのですが、この間、県が下水道を整備したり底泥の浚渫(しゅんせつ)をしても、なかなか水質は改善しない。ノリの養殖は打撃を受けるし、アサリも激減した。そんなとき、ある漁師さんが『このごろ海藻を見なくなった』というのを耳にしましてね。そういえば秋田のハタハタが獲れなくなったのも、現地でアカモクが消えた時期と一致する。ひょっとすると、アカモクの藻場を増やすことで海を浄化できるのではないか、と。
アカモクは雌雄異株をもつ1年生の海藻。養殖は成熟した雌株の生殖器床から採卵→洗浄→カキ殻などに着生→養生→沖出しという手順で進める
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さっそく県のプロジェクトに提案したが、採用にはいたらなかった。反対された理由の第一は、ノリやワカメ以外の海藻を増やせば、大事な地場産業である養殖の邪魔になるというものだった。ノリはほかの海藻が混じると等級が格段に落ちる。赤潮の原因である窒素、リンは、適量ならカキの養分になるが、もしアカモクが大量に吸収してしまったら今度はカキが育たないかもしれない……などなど。どのくらいアカモクを増やせば、どのくらいの浄化作用があるか、説得するには、定量的な評価が必要だった。だが佐々木さんには確信があった。アカモクの生態をさらに研究することを決意し、県庁に在籍のまま東北大学大学院工学研究科の門をたたいた。このとき47歳。
佐々木
アカモクは大きいものだと4〜6mに成長しますが、1年で一生を終えると流れ藻になって漂う。これが船のスクリューやノリ棚に絡んだりするので、松島湾の漁師さんたちには“ジャマモク”と呼ばれて嫌われていたんです。ところが大学院で実験とフィールド調査を重ねるうち、1km2のアカモクの藻場が、なんと5万人分の生活排水を浄化してくれることがわかった。そればかりか、アカモクの森にはプランクトンやヨコエビなどの微小生物がたくさん生息していて、小魚の餌場にもなるし、ハゼやメバルの隠れ家やアイナメの産卵場所にもなっていた。さらに海藻の森は、直射日光による水温の上昇を防いで海中の二酸化炭素を吸収する。つまりアカモクは、里海の健全な生態系を構成する中心的な役割を担っていたんです。
水面から見たアカモクの森と、その遠景(左)。海草のアマモが浅い砂や泥地に生えるのに対して、アカモクは比較的深場の石に付着して育つ

どうやって売れる商品にするか
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アカモクの浄化能力は証明された。次はいかにして松島湾にアカモクの藻場をつくるかである。なにより漁業者を説得して作付けしてもらわなければならない。それには育ったアカモクが売れて商売になることが条件だった。佐々木さんはアカモクを味噌汁や酢の物として食べる習慣のある秋田へ行き、かれらのするようにアカモクとろろを作って食べた。するとメカブよりずっと美味しいではないか。商品化は可能だ──1年後、ワカメやコンブを加工する業者が試作品を作ってくれることになった。アカモクが窒素、リンを吸収するなら抗酸化作用もあるはず──2000年に博士号を取得した佐々木さん、今度は、専門分野の学者に分析をお願いして回り、機能性食品としての可能性を調べた。
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漁師の鈴木勝良さんとアカモクの育ち具合を調べる。
佐々木
三重大学の田口寛教授の研究では、抗酸化機能がコンブの70倍、モズクの6.7倍に上ることがわかりました。アカモクの褐色の色素に多く含まれているフコキサンチンは、メタボを改善する抗肥満作用をもっていることも北海道大学の宮下和夫教授の研究でわかりました。「機能性表示食品」として商品化するようアドバイスいただいたのは、富山大学の林利光名誉教授です。初めは専門家の先生方も疑ってかかっていましたが、分析した結果、『なんだ、これは』と一様にびっくりするんです。赤潮を防いでくれるうえに、食べても美味しい、それに健康にもすこぶる良いとなれば、ビジネスになりますから、一部の漁師さんたちは、養殖技術の研究・開発に参加し始めました。高齢で重労働がきつくなった漁師さんも、これなら養殖業が続けられるといってね。アカモクは成熟して流れ藻になるちょっと前の5〜6月ごろが旬なんです。養殖実験で大きく育ったのを湯がいてみんなで食べたときの美味しさといったら、格別でしたね。

アカモクがつくる海と陸の循環
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裁断し冷凍加工されたアカモクの販売が広がるにつれ、湾内のアカモク養殖も、小規模だが徐々に定着しつつある。ある製麺会社では、アカモクを練り込んだそばやパスタを製品化。固定客を中心に売り上げは順調という。しかしすべてが順風だったわけではない。東日本大震災の津波が松島湾を襲ったのは、6年前のことだ。陸から流れ込んだ汚泥と瓦礫は湾内の水質と底質を一変させた。いま、ようやくもとの水質を取り戻しつつあるが、まだ、カキやアサリが豊富に獲れ、ハゼやアイナメなどの小魚が群れるかつてのような生態系にはない。
佐々木
陸地に近い砂泥地に生えるアマモ場は9割がやられました。ハゼが減ったのは、産卵するアマモ場がなくなったからです。私は震災のあと、海を見て回ったんですが、3カ月後、瓦礫の中からまっ先に芽吹いていたのは岩場に付くアカモクでした。さすがに成長力がすごい。公害ばかりでなく、自然災害によっても、海の生態系は崩れることがあります。たとえば磯焼け。高水温が続き海藻が増殖できなくなったのをきっかけに起きる海の砂漠化です。温暖化はさらにこれを重症化させます。アカモクはもともと南方原産なので、こうした環境の改善にも有効なんです。現に各地で海藻の森をつくって生態系を復活させています。もうひとつ、アカモクは北海道の北部を除いて全国の沿岸に生息しているので、資源としても莫大です。少なく見積もっても5000万t。そのうち食品などに加工しているのは、せいぜい1000tぐらい。もったいない話ですよ。健康に良いことを知ってもらって、あとは食べる習慣さえできれば、全国的な産業になるはずです。上手に資源管理をしながら海と陸の循環の輪をつくりあげる──それは可能だと思います。
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上=メカブはちょっと渋みがあるが、アカモクは癖がない。カルシウム分はワカメの1.5倍、鉄分は5.2倍、カリウムは1.6倍もある。左=アカモクの粉を練り込んだそば
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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