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富山湾から望む立山連峰。3000m級の高山から水深1000mの深海まで4000mもの高低差がこれほど近い距離で連続する地形は世界にも類を見ない
海底から湧き出る水は、森の栄養を海に運ぶ、もうひとつの水路である。中国・西安出身の海洋学者が追った日本海屈指の漁場・富山湾を育む湧水のメカニズムとは!?
Profile
ちょう・けい 中国・西安市生まれ。
1989年中国東北大学鉱物工程系卒業後に来日。科学技術庁放射線医学総合研究所特別研究員や富山大学講師などを経て現職。専門は化学海洋学と環境地球化学。富山の気候と地形に着目して海底湧水の研究に取り組むかたわら、地球規模の物質循環のメカニズムを解明するために世界各地で海洋調査をおこなっている。
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ブリ、シロエビ、ホタルイカ……富山湾には、日本海の魚の6割超が生息する。「天然の生け簀」と称されるゆえんである。張勁教授が富山湾の海底で、その豊かさの秘密を初めて目にしたのは2000年のことだった。
張
あのときの感動はいまでも忘れません。地元の漁師さんや水産試験場の方に案内されて、沖合150m、水深8〜22mほどの浅い海に、スキューバで潜りました。最初は砂地で、次にブロックがゴロゴロしている海底が続き、さらに進んでいくと、突然、目の前にオアシスが現れたんです。ゆらゆらと揺れる背の高い緑の藻のまわりに小魚が群れていました。ウニもたくさんいましたね。海の底から地下水が湧いてくる海底湧水の場所です。私は多いときには年間100回ほど海に潜りますが、漁師さんが穴場にしているポイントは、たいてい湧水がありました。彼らが言うには、「魚が真水を飲みに集まって来るんだ」と。
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中国・西安出身の張教授が研究のために富山大学に来て、一番驚いたのは水のおいしさだった。富山県は日本有数の名水の里として知られ、県内各地に湧水群が存在する。でもなぜそれが海の中にもあると考えたのか。
張
きっかけは1980年に富山湾で発見された海底林でした。海底林とは数千年〜一万年前、森の立ち木が海面上昇で水没したものです。でも夏場には水温が30度近くにもなる海底で、なぜ腐らずに残っていたのか、不思議でした。以前から、付近の海底に冷たくきれいな地下水が湧いていて、天然の保冷庫のような役割を果たしているのではないかといわれてはいましたが、仮説の域を出ませんでした。もしそうなら、その地下水はどこから来ているのか、確かめたくなったんです。私の専門は化学海洋学です。陸・海・空を巡る水の循環のメカニズムを化学分析の手法で解明するという学問ですが、当時、この分野で海底湧水に取り組んでいる人はまだいませんでした。それこそ穴場だったんですよ(笑)。
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張教授は試行錯誤の末に、富山湾の海底から海水の混じっていない湧水だけを採取することに成功した。そして、その成分を分析し、湧水の起源をたどった。
張
湧水の水分子を構成する酸素と水素の同位体(同じ元素でも質量が異なるもの)を調べることで、その水がいつ、どこに降った雨や雪かということまでわかるんです。私はこれを「水のDNA」と呼んでいます。富山湾の海底湧水を分析したところ、その大本は、湾の背後にそびえる立山連峰の標高800〜1200m地帯のものであることがわかりました。一帯のブナ林に降った雨や雪が地中深くに浸み込み、10〜20年かけて地下水路から富山湾の海底へと送られていたのです。
大きく口を開けた姿がユーモラスな深海生物オオグチボヤ。群生地が確認されているのは世界でも富山湾だけで生態は謎に包まれている
富山湾の春の風物詩、ホタルイカ漁。ふだんは外洋に生息するホタルイカだが、産卵期を迎えると大群を成して沿岸に現れ、海面に青白い光を放つ。左は光っている個体
富山の人々は湧水を「清水(しょうず)」と呼び、古くから飲み水や生活用水に利用してきた。写真は黒部市内の「絹の清水」。湧水で作った豆腐が絹のように滑らかだったことから名づけられた
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微生物が分解したブナやミズナラの腐葉土は、栄養豊富で保水力が高い。降った雨が土中にゆっくりと浸透するうちに土壌のミネラル分が溶け込み、水は地下水路によって海へ運ばれ、海底湧水となって噴き出すのだ。
張
富山湾には数多くの急流河川が注ぎ、陸からつねに新鮮な栄養分が補給されるので、海が豊かなのだとよくいわれますが、それは正確ではありません。たしかに栄養分は河川の水にも含まれますが、湧水は地下に潜っている時間が長い分、窒素やリンなどをより多く吸収するので、河川の水に比べるとはるかに栄養分が豊富なんです。しかも湧き出す前に砂や砂礫の層を通過するので、不純物は限りなく濾過されます。陸から富山湾に注ぐ水のうち、河川の水と湧水の割合は3対1ですが、多様な海の生態系を支えているのは、地上の川よりむしろ地下の川、つまり海底湧水だといっていいでしょう。富山湾の豊かさを表す言葉に「木一本、鰤千本」というのがありますが、湧水の源は立山連峰の森です。森と海との間には、じつは深いきずながあるのです。
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海底湧水は日本の沿岸各地に見られるが、とりわけ富山湾に多いのはなぜか。理由はこの地方独特の気候と地形にあると教授はいう。
張
第一は豊富な降水量です。地表の降水量が多ければ、当然、地下水も豊かになりますから。県東部では年間平均降水量が約4000㎜、東京の3倍近くになります。なぜそんなに多いのかというと、富山は雪がよく降るからです。冬、日本海から押し寄せる雪雲が3000m級の立山連峰にぶつかり、どさっと雪を落としていく。これが北陸独特の豪雪のメカニズムです。そしてもうひとつの要因が扇状地という地形です。急流河川が多い富山では、扇状地がよく発達しています。透水性が高く、傾斜が急な扇状地は地下水脈ができやすい。しかもそのまま湾内に落ち込む地形になっているので、地下に潜った水が海底から噴出しやすいのです。
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来日24年、富山大学に赴任して15年になる張教授。この地に惹かれる理由は、やはり水と海、そして人の魅力だという。
張
私の故郷の中国・西安には海がありません。海に強く憧れるようになったのは、幼い頃に父の実家のある大連に行って海を見てからです。大人になったら海軍に入りたい、と本気で思っていました(笑)。この仕事を選んだのも日本への留学を決めたのも、海への憧れや興味が一番の動機です。海洋学をやれば調査船に乗って外洋に出られるし、海底湧水を研究すれば、好きなスキューバも思う存分できるだろうと。不純な動機ですけど(笑)。海の上では、人のつながりが濃密になります。実際、さまざまな分野の学者が一隻の調査船に乗って、助け合いながら何カ月も過ごすと、帰る頃にはもうファミリーです。私の研究の最大の協力者は漁師さんたちです。最初こそ警戒されましたが、溶け込むのにそう時間はかかりませんでした。私も船乗りの一人ですから(笑)。
自ら海に潜り湧水を採取する張教授(右)。湧出口に差し込んだパイプから淡水が噴き出しているのが見える
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海で調査をおこなうとき、地元の漁師は大事な漁を休んでまで協力してくれるという。富山の水がいかにすばらしく、獲れる魚がどれだけ美味しいかを、教授の研究が科学的に裏付けてくれるからである。
張
研究する以上は、漁師さんをはじめ地元の人に喜んでもらえるような成果を上げたい。富山の人たちには、返しきれないほどの恩がありますからね。いまは富山の水環境の素晴らしさをもっと発信したいという思いです。
水も人も、つながりが大切です。研究をきっかけに、それまで疎遠だった漁協と森林組合が交流を始めたり、一部の漁協が岐阜県の山で植樹活動を展開したり……と、自治体の枠を超えた地域連携の輪も広がってきました。うれしい成果のひとつですね。
「子どもの頃、故郷の西安では夏になると毎日断水時間がありました。日本は本当に恵まれていますよ」。その貴重さを知るからこそ、張教授の水への思いは深い
写真提供:張勁、魚津水族館
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人
片岡義廣
(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望
ジョン・ギャスライト
(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ
松本 令以
(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動
坂内 啓二
(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦
貫名 涼
(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる
石川 仁
(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森
伊藤 弥寿彦
(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい
江戸家 小猫
(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況!
重松 洋
(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬
三浦 妃己郎
(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる
成田 重行
(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技
真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女
藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む
大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す
前田 清悟
(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記
吉浜 崇浩
(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から
石橋 美里
(鷹匠)
・タカの渡りを追う
久野 公啓
(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン
中村 雅量
(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に
佐々木 久雄
(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に
楠田 哲士
(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」
林 信太郎
(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館
森 拓也
(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる
田瀬 理夫
(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う
野口 勲
(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々
ケビン・ショート
(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中
岡崎 弘幸
(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気
森田 孝義
(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作
小松 泰史
(獣医師)
・チリモンを探せ!
藤田 吉広
(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る!
松丸 雅一
(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて
竹内 聖一
(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係
片山 一平
(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く
小島 昭
(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密
張 勁
(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し
佐々木洋
(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた!
鈴木海花
(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う
降矢英成
(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚
杉山秀樹
(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷
二瓶 昭
(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖
戸田直弘
(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない
石塚美津夫
(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい
和田利治
(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢
山崎充哲
(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島
中村宏治
(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌
高橋慶太郎
(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ
佐竹節夫
(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人
中村滝男
(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い!
井上大輔
(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術
高橋一行
(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい!
宮崎栄樹
(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ
間島 円
(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい
ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦!
小宮輝之
(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく
吉村文彦
(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠
──冬に育む夏の美味
阿左美哲男
(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人
大内一夫
(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る
野口廣男
(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年
駒村道廣
(線香職人)
・空師
(そらし)
──伐って活かす巨木のいのち
熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと
藤原誠太
・満天の星に魅せられて
小千田節男
・ブドウ畑に実る夢
ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて
森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う
大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人
挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長
柳生 博
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ムツカケ名人に学ぶ──
豊穣の海に伝わる神業漁法
岡本忠好
・イチローの バットを作った男
久保田五十一
(バットマイスター)