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「自然」に魅せられて
魚部の部室。部長の山中智恵子さん(右端)以下6人で約50個の水槽を管理する
水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
週末、福岡県内のどこかの水辺に井上先生の姿がある。国語科教諭にして、水生生物の生息状況を調べる「魚部」の顧問。網をふるうとき、その表情は教師から、水辺の達人へと変わる。

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採集した水生昆虫は標本化する
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イトアメンボ(左の写真中央)とその生息地。ため池が多い福岡県下でも、2カ所でしか確認されていない

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胴長を着込んだ魚部員たちが水に入って約20分後。「おったぁ!」——北九州市内の何の変哲もないため池に、誰よりも早く、嬉々として響いたのは顧問の井上先生の声だった。指先には米粒よりも小さな虫。これは!?

井上
かわいいでしょう。キボシチビコツブゲンゴロウという貴重種です。現存する生息地は全国でも数カ所しかありません。うち2カ所が福岡県内のため池で、そのひとつがここなんです。それまで県内では発見記録がなかったのですが、2005年にうちの部員がもう一方のため池で初めて生息を確認しました。でも、なぜこのため池におるのか、それが不思議でしようがない。だって、もう一方はともかく、こっちは魚も水草も、外来種がウヨウヨしとるようなところなんですよ。水辺の環境バランスは、僕らが思うよりも複雑で微妙なんでしょうね。


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そんな奥深い世界にのめりこんだきっかけは、13年前にさかのぼる。休日にふと思い立って、子どもの頃に遊んだ実家近くの水路に入った。

井上 
たしかタナゴがおったなと思い出して。暇つぶしのつもりで安い網を買ってすくってみたら、本当に獲れたんです。しかも改めて図鑑で見ると、九州北部にしかいないカゼトゲタナゴにそっくり。昔は、ただ「タナゴ」としか知らなかったのに。そんな珍しい生物がこんな身近にいたんだ、と妙に感激したのを覚えています。

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それを機に、市内各地の水辺へ。発見の連続だった。中心街を貫く紫川ではヤツメウナギの一種のスナヤツメを獲って、専門家を驚かせた。

井上 
「紫川ではずっと記録がないよ」といわれて、あれで完全に病みつきになりましたね(笑)。網を入れるのが楽しくて、楽しくて。大人がこんなにワクワクするんだから、高校生だって面白いだろうと、生徒にも声をかけたんですよ。部員のいなかった理科部に10名が集まり、1998年の文化祭で「紫川の魚展」という企画展示をやりました。それが魚部の原点です。

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ため池での調査。大学でゲンゴロウの研究を続けている
OBの工藤雄太君(左端)も参加
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キボシチビコツブゲンゴロウ。体長はわずか3?o

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ある部員が目当ての生物を初めて見つけた。
先生も嬉しそう
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こんな微小な生物を探して、
部員は網ですくった泥にじっと目を凝らす

学校の枠を越える魚部の活動
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魚部が展示活動を行っている北九州市立水環境館。紫川の川縁にあり、ガラス越しに川の中の様子が観察できる
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魚部が発行した労作2冊。出来栄えは高校の部活動の域を超えている
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部では、水に入って調査することを「ギョブる」という。ギョブるのは川だけではない。海辺へ、ため池へ、フィールドは年々広がっていった。

井上 
ギョブる対象も魚だけではありません。ため池に入るようになったのは、ゲンゴロウやタガメといった水生昆虫への興味からです。虫は止水域に多いですから。これまでに入った池はざっと400カ所。でも調査範囲は、基本的に県内に限っています。なぜ? それは僕らが、身近に暮らす生き物のことをあまりにも知らないからです。部員はけっして、貴重種を狙っているわけではありません。地元の水辺に、何がいて、何がいないのかを知りたいだけ。思いがけない生物との出会いはその結果なんです。よく自然がない、生き物がいないといいますが、いるかいないかもわからんまま、「いない」ことにされて、知られないまま消えていく種も少なくありません。魚であれ、虫であれ、貴重種を脅かしているのは「こんなところにいるはずがない」という自分たちの思い込みじゃないか……水に漬かり、泥にまみれるうちに、そういう現実が見えてきました。


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だから調査結果は広く地域に発信する。展示活動や本の出版も精力的だ。「知ること・伝えることが守ることにつながる」と井上先生はいう。

井上 
現に、さっき獲ったキボシチビコツブゲンゴロウのもう一方の生息地は、高速道路の建設予定地でしたが、部員の発見をきっかけに、関係者間で現在、保全の協議が行われています。もちろん自然保護の使命感だけでは、とても10年以上も続かなかったでしょう。生徒も僕も、やっぱりギョブるのが楽しいから、生き物との出会いにワクワクするから、真冬のため池にも喜んで入れる(笑)。そこが、従来のアカデミックな生物部との大きな違いかもしれません。ある校外の方には、ふだんの学校生活では目立たない生徒が、フィールドに出るとスイッチが入ったように生き生きとした輝きを見せるのが素晴らしいといわれました。

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ただし、いつも水辺のヒーローになれるわけではない。何度網を入れても獲れないこともある。しかし井上先生は、あえて??指導?≠ヘしないという。

井上 

調査方法に教科書はありません。川や池のどのあたりを探せばいいのか、網をどこに、どういう角度で当てればいいのか。自分で試行錯誤しながら、カンと経験で身につけていくんです。それも、ギョブる醍醐味のひとつなんですよ。第一、どの生徒もみんなマイペースで、こうしなさいと教えても、人の話をなかなか聞きません(笑)。それだけ夢中なんです。獲れても獲れなくても、水辺には発見と感動がいっぱいですから。

「水に入ったら生徒と勝負です」と井上先生
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Profile

いのうえ・だいすけ 1970年福岡県北九州市生まれ。95年北九州高校に赴任し、98年生徒有志と「魚部」を発足。他に例を見ないユニークな部名と活動がメディアで紹介され、全国にその名を知られる。部発行の『福岡県の水生昆虫図鑑』『北九州の干潟BOOK』の執筆も担当
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
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・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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