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「自然」に魅せられて
世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
エビの仲間は世界に約3000種、カニは約7000種いるとされ、リアスの海の生態系の重要な位置を占める。食べておいしく、見て面白い。エビとカニが主役のユニークな水族館がある。
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明るいキャラクターと巧みな話術で講演やトークショーにも引っ張りだこの森館長
Profile

もり・たくや 1953年三重県生まれ。東海大学海洋学部水産学科卒業後、鳥羽水族館入社。学芸員として世界各国で海洋生物の国際共同研究プロジェクトを手かげる一方、世界で初めてジュゴンの長期飼育に成功するなどすぐれた業績を残す。97年に退社し和歌山県すさみ町に移住、99年から現職。著書に『私魚の味方です』『魚のホントを教えてあげる』などがある。

絶品イセエビを育む枯木灘
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和歌山県すさみ町の「エビとカニの水族館」は、道の駅に併設された小さな水族館だが、初めて訪れた人は皆、入口で度肝を抜かれる。いきなり、全長4mにもなるという世界最大のカニ、タカアシガニの歓迎を受けるからだ。その反応を満足そうに見つめるのが、名物館長の森拓也さんである。

タカアシガニは、このすさみの沖合にも生息しています。これだけ大きいと、脱皮するのに5、6時間はかかりますね。こっちはオーストラリアンキングクラブで、あっちがアメリカンロブスター。両方とも、日本一大きな個体です。輸入業者や海外の仲買人に、「大きいのは全部うちが引き取るよ」と頼んでいるのです。いちおう食用だけど、大きすぎるのはまずくて売れませんから。地元のエビ・カニは漁師さんが獲ったものばかり。エビ網漁が解禁になると、水族館のスタッフが網干場を回り、商品価値のないエビなどを、網から外すのを手伝いながらもらってくるんですよ。「こんなの獲れたで」と漁協から連絡が入ることもあれば、自分たちで磯へ出て採集することもあります。
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上=博物館の外観。施設は移転した中学校の体育館を再利用。下=入口正面の水槽には立派なタカアシガニが2匹
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紀伊半島のほぼ南端に位置するすさみ町の沿岸には、「枯木灘」と呼ばれる雄大なリアス海岸の岩礁が広がる。沖には世界最北限のサンゴ群落があり、棲息するエビ、カニの種類はたしかに多い。それにしてもなぜ、エビとカニだけで、水族館を作ろうと思ったのか。

森 
現在展示している生き物は約150種類。カメやアザラシなどもいるので、じつはエビとカニだけというのではないんです。それでもエビとカニにこだわったのは、町の名産であるイセエビをPRしたかったのが一つ。イセエビというと伊勢地方を思い浮かべますが、私に言わせれば、枯木灘の荒海が育んだすさみのイセエビがナンバーワンです。それともう一つ、エビ・カニ専門の施設というのは世界に類がありません。私はとにかく目立つことや面白いこと、日本一、世界一が大好きで、エビとカニの飼育数でもギネスを狙っています。
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潜水艇の窓を模した水槽ではウツボなど大型魚に付着した寄生虫を食べて共生するシロボシアカモエビ(左)やオトヒメエビ(右)などが泳ぐ
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館長のこだわりと遊び心は、館内の演出にあふれている。案内されたのは、丸窓の水槽が並んだほの暗い一角。

森 
ここは、潜水艇に乗った気分で海底に暮らす生き物を観察できる、「海底探検潜水艇」のコーナーです。潜水艇の窓に見立てた丸枠の小さな水槽は、小型のエビやカニを間近で見るのにちょうどいいでしょう。艦内の雰囲気を再現した壁のイラストも特注です。本当は効果音にも凝りたかったんですけどね(笑)。
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海底探検気分が味わえる展示スペース

無人駅の水槽に年間1万人
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森館長はもともと、鳥羽水族館(三重県鳥羽市)に20年勤務し、世界で初めてジュゴンの長期飼育に成功したメンバーの一人。あのさかなクンも「先生」と慕う存在だ。

森 
さかなクンは小学生の頃、私の著書を読んで、魚の勉強をしたとヨイショしてくれます。私も、小さい頃から海や川で生物を捕まえてきては、小さな駄菓子のビンで飼って、それを並べて自分だけの“水族館”を作っていました。出身は三重県の四日市です。当時はまだ石油コンビナートの規模も小さく、家から自転車ですぐのところに白砂青松の海水浴場がありました。鳥羽水族館には中学生の頃から通い詰め、高校生の頃には館長と仲よくなって、行くたびにお昼ご飯をごちそうになったりしていました。大学で海洋学部に進みましたが、当時の館長から、「将来はどうするの?」と聞かれたので、「鳥羽水族館で働きたいです」と答えたら、「じゃあ、来いよ」と。鳥羽水族館に無試験で入社したのは、私以外にいません。研修を受けたのも3日だけで、すぐに飼育の現場に放り込まれました。
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ジュゴンの赤ちゃんと遊ぶ若き日の森館長。野生のジュゴンの生態調査のためにパラオ諸島やオーストラリアにも頻繁に出向いた
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体育館の構造がそのまま残るバックヤード。展示スペース以外は冷暖房がないのでスタッフはたいへんだ
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鳥羽時代には、ジュゴンの生態調査や飼育技術指導のため、海外の水族館や研究機関にたびたび出向した。しかし管理職となって、現場から離れたのを機に、42歳で退職、新天地を探した。それが、すさみ町だった。

森 
私自身は、この町とは何の縁もありません。鳥羽水族館を辞めて、いっしょに町おこしの会社を立ち上げた友人の奥さんの実家が、たまたま、すさみ町だったんですよ。当初はダイビング事業を始める予定でした。地元の無人駅を改装し、ダイバー向けに情報発信をするコーナーを作ったのですが、ついでに待合室に水槽も11本並べ、地元で獲れたものを展示してみたんです。まあ、驚きましたね。「駅が水族館になった!」と評判を呼んで、1日の乗降客が50〜60人しかない駅に、年間1万人の人が見に来たんですから。1999年の南紀熊野体験博の際に水族館を新設することになるんですが、無人駅に置いた水槽が、そもそもうちの原点なんです。

日本一貧乏な水族館
森 
初めてこの町へ来たときは真冬だったこともあって、正直、こんなさびしい土地に住めるかな、と思いました。それが何回か来るうちに、いいところがだんだん見えてきたんですよ。狭い町だけど、そこに海と山と川の魅力がギュッと凝縮されていて、噛めば噛むほど味が出るスルメみたいないい町だなと。後で聞いたら、スルメイカ漁はすさみの基幹漁業の一つだったんですね(笑)。もちろん、ここよりすごい絶景や珍しい自然は、世界にいくらでもあるでしょう。でも私は、すさみが好きなんです。とれたての魚が食べられるし、家のすぐ脇の小川にウナギがいたり、地元の人にとっては当たり前でも、よそ者の私には、ここは驚きと発見の宝庫ですから。とくに子育てには絶好の環境だと思いますよ。
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「金脈はないけれど、人脈なら」と笑う森館長。同館が拡大リニューアルした際も、鳥羽水族館時代から交流のある全国の水族館から生物提供の申し出が相次いだという。

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地元で育った館長の娘さんは、いまはエビとカニの水族館の飼育員になり、貴重な戦力として活躍している。

森 
彼女は高校、大学と海外で勉強したので、英語もペラペラなんですよ。だから、外資系企業にでも就職してくれたら安心したのに、この水族館で働きたいといって、聞きませんでした。「給料はものすごく安いぞ。本当に後悔しないか」と何度も念を押しましたが、やっぱり彼女もこの町が好きなんでしょうね。
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地元の海を模した水槽。全国のダイバーに知られる海中ポストも再現。水槽の上の額には寄付をしてくれたサポーターの名前が
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エビとカニの水族館は昨年秋にリニューアルして、現在地へ移転。水槽・展示数とも、従来の約2倍の規模になった。しかし公的援助なしの独立採算で、開館当初から経営の厳しさは変わらない。館長は「日本一貧乏な水族館」だと笑う。
森 
入口の自動ドアもなければ、バックヤードにはエアコンもつけていません。ランニングコストをとことん節約し、知恵と根性をやりくりしながら頑張っています。たとえば一つの水槽につき1口5000円で半年間のサポーターを募る「サポーター制度」をとり入れたり、移動水族館で稼いだりしています。移動水族館とは、デパートの催事場やアリーナなどに大がかりな仮設水族館を作り、展示物の調達から運営まで一手に引き受けるプロジェクトです。もちろん生物の調達で助けてくれる他の水族館や、地元の漁師さんの応援がなければ、ここまで続けられなかったでしょう。“南紀の海の語り部”として、この海の魅力を伝え続けることが地元の皆さんへの恩返しだと思っています。
CONTENTS
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コンテンツ
・野生ラッコ復活を見守る岬の番人  片岡義廣(写真家、NPO法人エトピリカ基金理事長 )
・大樹が見せてくれる希望 ジョン・ギャスライト(農学博士、ツリークライマー)
・コウノトリ、再び日本の空へ 松本 令以(獣医師)
・果樹の国から発信日本初の「4パーミル」活動 坂内 啓二(山梨県農政部長)
・ササを守り、京文化を次世代へ 現役囃子方研究者の挑戦 貫名 涼(京都大学大学院助教)
・葦船を編めば世界も渡れる 石川 仁(探検家・葦船航海士)
・虫目線で見た神の森 伊藤 弥寿彦(自然史映像制作プロデューサー)
・親子四代「ホーホケキョ!」いのちの響きを伝えたい 江戸家 小猫(動物ものまね芸)
・「長高水族館」は本日も大盛況! 重松 洋(愛媛県立長浜高校教諭)
・走れQ太! 森を守るシカ追い犬 三浦 妃己郎(林業家)
・消えた江戸のトウガラシが現代によみがえる 成田 重行(「内藤とうがらしプロジェクト」リーダー)
・山里のくらしを支える石積みの技 真田 純子
・溺れるカエルを救いたい!秘密兵器を開発した少女 藤原 結菜
・音楽界に革新!?クモの糸でストラディバリウスの音色に挑む 大﨑 茂芳
・ふるさとの空に赤トンボを呼び戻す 前田 清悟(NPO法人たつの・赤トンボを増やそう会理事長)
・大自然がくれた至福の味 カニ漁師奮戦記 吉浜 崇浩(カニ漁師、株式会社「蟹蔵」代表)
・カラスを追い払うタカ─害鳥対策の現場から 石橋 美里(鷹匠)
・タカの渡りを追う 久野 公啓(写真家、渡り鳥研究家)
・微生物が創り出す極上ワイン 中村 雅量(奥野田葡萄酒醸造株式会社 代表取締役)
・「海藻の森づくり」で海も人も健康に 佐々木 久雄(NPO法人 環境生態工学研究所理事)
・大学をニホンイシガメの繁殖地に 楠田 哲士(岐阜大学応用生物科学部准教授)
・面白くて、おいしい「キッチン火山実験」 林 信太郎(秋田大学教授、秋田大学附属小学校校長)
・世界で唯一、エビとカニの水族館 森 拓也(すさみ町立エビとカニの水族館館長)
・都会の真ん中に“山”をつくる 田瀬 理夫(造園家、プランタゴ代表)
・一粒万倍 美味しい野菜はタネが違う 野口 勲(野口のタネ/野口種苗研究所代表)
・都市の里山に宿る神々 ケビン・ショート(ナチュラリスト、東京情報大学教授)
・ムササビ先生、今夜も大滑空観察中 岡崎 弘幸(中央大学附属中学校・高等学校教諭)
・保津川下り400年─清流を守る船頭の心意気 森田 孝義(船士)
・小笠原の「希少種を襲うノネコ」引っ越し大作 小松 泰史(獣医師)
・チリモンを探せ! 藤田 吉広(きしわだ自然資料館専門員)
・スズメバチハンター走る! 松丸 雅一(養蜂家)
・東京湾のサンゴを見つめて 竹内 聖一(NPO法人 たてやま・海辺の鑑定団理事長)
・芝とシカのふしぎな関係 片山 一平(京都府立桂高校教諭)
・ドブ池ドブ川奇跡の復活炭博士が行く 小島 昭(群馬工業高等専門学校特命教授)
・「木一本、鰤(ぶり)千本」─豊かな海を育んだ海底湧水の秘密 張 勁(富山大学教授)
・わくわくドキドキ! 夏の夜の生きもの探し 佐々木洋(プロ・ナチュラリスト)
・かわいい変顔 虫目で見つけた! 鈴木海花(フォトエッセイスト)
・癒しの森でいのちを洗う 降矢英成(心療内科医)
・ブナの山が育てた神の魚 杉山秀樹(秋田県立大学客員教授)
・自然と調和する酪農郷 二瓶 昭(酪農家、NPO法人えんの森理事長)
・漁師が見た琵琶湖 戸田直弘(漁師)
・田んぼの恵みはお米だけじゃない 石塚美津夫(NPO法人「食農ネットささかみ」理事長)
・「結」の心を伝えたい 和田利治(屋根葺き技術士)
・多摩川復活の夢 山崎充哲(淡水魚類・魚道研究家)
・モイヤー博士の愛した島 中村宏治(水中カメラマン)
・白神山地が育む奇跡の菌 高橋慶太郎(秋田県総合食品研究センター主席研究員)
・ありがとう、ハチゴロウ 佐竹節夫(コウノトリ湿地ネット代表)
・ヤイロチョウの森の守り人 中村滝男(生態系トラスト協会会長)
・水辺って、こんなに面白い! 井上大輔(福岡県立北九州高等学校教諭)
・地熱染め 色彩の魔術 高橋一行(地熱染色作家)
・里山っ子ばんざい! 宮崎栄樹(木更津社会館保育園園長)
・金沢和傘の伝統を引き継ぐ 間島 円(和傘職人)
・「竹のこころ」を伝えたい ジョン・海山・ネプチューン
・クマのクーちゃん 人工冬眠大作戦! 小宮輝之(上野動物園 園長)
・まつたけ十字軍がゆく 吉村文彦(まつたけ十字軍運動代表)
・氷の匠──冬に育む夏の美味 阿左美哲男(天然氷蔵元)
・日本でただひとりのカエル捕り名人 大内一夫(カエル販売業)
・「村の鍛冶屋」の火を守る 野口廣男(鍛冶職人)
・杉線香づくり100年 駒村道廣(線香職人)
・空師(そらし)──伐って活かす巨木のいのち 熊倉純一
・日本ミツバチに学んだこと 藤原誠太
・満天の星に魅せられて 小千田節男
・ブドウ畑に実る夢 ブルース・ガットラヴ
・タゲリ舞う里を描いて 森上義孝
・ホタル博士、水辺を想う 大場信義
・左官は「風景」を生み出す職人 挟土秀平
・僕は「SATOYAMA」の応援団長 柳生 博
ムツカケ名人に学ぶ──豊穣の海に伝わる神業漁法 岡本忠好
・イチローの バットを作った男 久保田五十一(バットマイスター)

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